机上トラップ 使っていたボールペンのインクが残り少なくなっていたのは解っていたので、書いている途中にかすれてきた文字をみて愛子は事務机の引き出しから予備のボールペンを取り出し残りの作業に取りかかった。 作業が一段落したところで、愛子は机の上を整理し席を立つ。 机の上にはインクの切れたボールペンと裏紙をA5サイズに切ったメモ帳だけをが残された状態だ。 たまたま事務員の愛子の居ないこの時に、タイミング悪く1本の電話が掛かってきた。普段は愛子が取るのだが別に愛子が係りというわけではない。というわけで、たまたま愛子の事務机の側を通った課長が電話を取ることになった。 電話口で「はい、私ですが」と言っているところを見ると、都合よく課長宛の電話だったようでそのままその場で用件を聞くために、机の上に並んで置いてあるメモ帳とボールペンを引き寄せた。 ボールペンを持った課長だったが、直ぐに顔を上げると通路を挟んで隣にいるもう一人の事務員にボールペンを持った手で何か書く動作をしてみせる。 事務員の女性は「ああ」と直ぐに理解したようで、その物を持って通路を横切る。 「課長、はい」 渡されたメモ用紙を見て課長は慌てて手で通話口を押さえ、 「違う違う、ボールペン貸してくれ」 小声で女性に訴えると、女性は課長の手にあるボールペンを見ながら通路の向こう、自分の事務机に手を伸ばし、ペン立てからボールペンを取り寄せた。 「わるい、書けないんだよこれ」 もう一度小声で言うと、 「お待たせいたしました」 電話の応対に戻った。 そして用件が終わり受話器を置いた課長は出ないボールペンとメモ帳を元のように戻し、書き付けたメモと借りたボールペンを持って愛子の事務机を離れた。 + + + それから数分後愛子が席に戻ってくるなり、件のボールペンを手に取った。 それを見た課長が、 「そのボールペン出ないですよ」 何でわざわざ出ないボールペンを机の上に置いて行くんだ、というニュアンスを含ませた言い方に愛子は軽く笑みを浮かべて、 「ですからこれ、換え芯を取りに行っていたんですよ」 そして勝ち誇ったようにこう付け加えた。v 「でもボールペンならペン立てにも引き出しの中にも予備がありませんでした?」 気付かなかった事を知っている口振りに敢えて反論はせず。 いや、むしろ反論など出来る雰囲気もなく、 (いや、だって、人の机とかって解らないだろ?) 胸中でそっと反抗してみせる、何とも立場の弱い年若の課長の姿がそこにあった。 FIN.