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夢に堕ちる

「!!!」
 夢?
 嫌な夢を見た、気がする。
 内容は詳しく覚えていないけど、何だかとてつもなく不吉な夢だったような……。
(からだが、痛い)
「アリス?もう起きたのか」
 すぐ隣で寝ていたエースが目を擦っている。
 何時間帯か前から私はエースの旅に同行させられていた。
 テント暮らしも慣れたと思っていたけど、最近ご無沙汰だったから少し体が痛む。
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「んー、まあね。でももう少ししたら起きようと思ってたから、調度良かったのかな」
「何?もしかして起きてたの?」
「ははは、違うよアリス。起きてたんじゃない、起きようと思ってたんだ」
「つまり、目は覚めてたんじゃない」
「そうとも言うかな、ははは」
 夢見も悪かったけど、寝覚めも悪くなりそうだわ。
「アリス」
 イライラしてたところに急に声を掛けられ、一瞬体を引く。
「怖い夢でも見たの?」
「何で?」
「うなされてたからさ」
「だったら起こしてくれたらいいのに」
 怖い夢とか見てうなされていたら、心配して起こすものなんじゃないかと、そう思うのだけど。
「だってさ、折角寝ているのに起こすの悪いだろ」
 エースの感覚では違ったらしい。
「嫌だなアリス、そんなに怒らないでよ。うーん、怒ってる君もそそられるんだけど、一緒に旅をするならもう少し機嫌を直して貰いたいんだよな」
 未だ寝転んだまま、いつものように爽やかに笑いながら私を見上げている。
 それを横目で見ながら、私は聞かないふりをする。
「それともそうやって、俺を誘ってるの?やるなぁ、はは」
 言いながらいつの間にか私を背後から抱きしめる。
「ちょっと、放しなさいよ」
「えー、だって、俺を誘っているんだろ?」
「誘ってない!大体寝る前にアレだけの事をやっておきながら――」
「アレだけの事って、どれだけのこと?」
 エプロンドレスの下に手を滑らせながら耳元で囁かれ、寝る前のほてりが戻ってくる感覚を覚える。
「……………っ、ちょっと、やめてったら。あんたいい加減にしないと……」
「いい加減にしないと?」
「……目的地に辿り着けなくなるわよ。仕事の時間帯になったら、私問答無用でお城に帰るからね」
 エースの動きがピタリと止まる。
(………………っ)
 一瞬息が詰まるかと思うほどの空気を身に纏ったかと思ったのに、あっという間にそれが掻き消えていつものエースに戻る。
「時間になったら帰るって、そう簡単に帰れないんじゃないかな」
「あなたといるよりずっと早く帰れるわよ」
「ははは、酷いな」
「本当の事でしょ」
「うーん、まあそうなんだけどね」
 カラリと笑うと、エースは何も無かったかのように立ち上がる。
「さてと、じゃあそろそろ行こうかな。後もう少しだぜ」
「そうなの?」
 珍しく道を覚えているのかしら。
 そう思ったけど、
「うん、そんな気がするんだ」
 思っただけだった。
 いつだったか、本人が言うように、この男は何処でもいつでも、どんな道でも迷う事が出来る。それこそ一本道でも迷えそうな男だ。
 彼と何処かに出掛けて真直ぐ目的地に着いたことなど無い。
 文句を言うと、
「それじゃあつまらないだろ」
 と言われたが……。
 私はつまらなくても結構よ。
 とか思いながらもつい付いて来てしまうのだから、私もたいがいだ。
「そういえばさ」
 エース曰く、旅を再会しながら前を歩くエースが話しかけてくる。
 並んで歩く事もあるが、何処をどう行ったらこんな事になったのか、ここはエースが剣で下生えを切りながらではないと歩く事も出来ない獣道だ。
 並んでなんて到底通れない。
 直列で移動すると相手の声は遠くなり、自然と声も大きくなる。
「最近、ドアの所に行ってないみたいだね」
 ドアと聞いてビクリとする。
 引越しと共に現れた森や、ナイトメアの管理するクローバーの塔の中にあるあの喋るドア。
 会合中は何度かそのドアの前でエースと出くわした。
「そうね、あれだけ気になっていたのに、最近では余り気にならなくなったわ」
(多分、エースのおかげね)
 何だかんだ言っても、エースに慰められている部分が多いと思う。
 この世界で、この寂しいという気持ちを共有できる人は少ない。
 エースに引かれたのはこれだけが理由ではないけれど、これが切っ掛けだったのは間違いないと思う。
「ふーん、そうなんだ」
(まただ)
 またさっきの、恐ろしいとさえ感じる空気をエースから感じる。
「……どうしたの、エース」
「何が?」
「あなた、何か変よ」
「そうかな、いつもと変わらないと思うけど」
 変なのかなぁ、と首を傾げている。
 何だか、引越し直後のエースに戻ったみたい。
 少し怖い気がして、私はそのままエースから距離を置き、エースもそれ以上話かけては来なかった。
 それから時間帯が二回変わり夜になった。
 森を歩くには無理がある。
(また野宿かしら)
 思わず溜息が出掛けたとき、
「着いたぜ、アリス」
 エースが振り返った。
「ほらな、もう少しで着くって言っただろ」
 もう少しと言うが、時間帯が二回も経過している。それでもエースにしたら早いのかもしれないけど。
「アリス、ちょっとこっちに来てくれよ」
 手を差し出されるが、どうしてだろう、その手を取るのが怖くなった。
 暗闇のせいでエースの表情が見えない。
「ははは、どうしちゃったんだ、アリス」
 伸ばされた手が私の手を掴み、エースが立っている場所まで引っ張られる。
「ねえ、アリス。俺は君が、好きだよ」
「何よ、いきなり」
 暗い、暗い声が落とされる。
 ゾクリとして身を離そうとしたけど、しっかりと掴まれて身動きが取れない。
「うじうじしてて、進歩が無くて、いつも迷っていた君が……」
「な、悪かったわね」
 自分でも自覚しているけど、他人から指摘されると腹が立つ。
 文句を言ってやろうとエースの顔を睨み付けた。
 その時――
「……………え?」
 お腹に、焼けるような痛みが走る。
 目の前が真っ赤に染まり、呼吸が儘ならない。
「変わらない、君が好きだったよ。変わらないままの君が、好きだったんだ」
 徐々に狭くなる視界には、いつもの雲ひとつ無い青空のような笑顔で笑っているエースの顔が見える。
 怖いほど鮮やかな……。
「ねえ、アリス。君は今のままでいてよ。俺を、置いていかないで」
 最後に、耳元でそっと囁かれ、トンと肩を押される。
 空中に投げ出された。
 薄れていく意識の中で、落とされたのだと分かる。
 何度も一緒に落ちたあの滝のように。
 今度は、私一人が。

『ごめんなさい、エース。私はあなたを、置いて逝ってしまうのね』

 + + +

「!!!」
 夢?
 嫌な夢を見た、気がする。
 内容は詳しく覚えていないけど、何だかとてつもなく不吉な夢だったような……。
(からだが、痛い)
「アリス?もう起きたのか」
 すぐ隣で寝ていたエースが目を擦っている。
 ……あら?
 何か不吉な感覚が過ぎる。
 けれど私は、その感覚が何なのか分からなかった。
FIN.

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