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そのロマンに物申す!

「ブラッド、貴方、一体どうしたの?」
 晩餐の席でブラッドを見て、私は動きを止めた。
「へえ、ボス似合ってるね、それ」
「ボス格好良い」
 私の態度とは対照的に同席している双子は喝采を上げ、
「ブラッドは何やっても似合うぜ」
 エリオットはしきりに頷いていた。
(男の感覚は分らないというか……)
 私にはその良さがちっとも理解できない。
「ふふふ、どうかな」
 一人感想を言わない私にブラッドが笑いかけるが、
(胡散臭い……)
 としか思えない。
(一体何がいいのよ)
 無精髭なんて!
 そう、ブラッドは何を考えたのかいきなり無精髭を生やして現れたのだ。
「お嬢さんには、この良さがまだ分らないかな」
 答えない私に含みのある笑みを向けてくる。
 仕方なく、
「紳士には到底見えないわよ」
 堂々と似合っていないとは言えず、遠回しに答えるが、
「生憎、私は紳士では無いものでね」
 全く効果は見られない。
 それどころか、
「大体マフィアのボスが紳士であるはずがないだろう」
 などと宣う始末。
 普段は紳士然としてステッキや帽子を手放さないくせに、こういう時だけ悪ぶって見せるのだから始末が悪い。
 何を言っても言い返してくるであろう男に、二コリと笑って言い返す。
「似合う似合わないは別として」
 似合ってないけどね。
「無精髭を生やした人とキスしたいとは思わないわね」
 別にキスするような仲ではないけど、少しくらいダメージを受ければ良い。
 そう思って言った言葉だったが、意外に効果があったらしい。
 ブラッドは紅茶を飲む手を止めて愕然としていた。

     ×  ×  ×

 数時間帯後、廊下でブラッドとすれ違い再び私は動きを止めた。
 髭がなくなっている。
 髭が無いのはいいことだけど、先刻の今では反応に困る。
(し、視線が痛い……)
 そんな目で見られても、何を言ったらいいのか分らない。
「さっぱりしたわね」
 取り敢えず、そう言っておくしかない。
「ああ、そうだろ。髭もいいが、色々と手間がかかってね、怠くなって止めてしまったよ」
「そう、よかったじゃない」
「何がだね?」
「そっちの方が貴方らしいわ、似合ってる」
 何気なく言った台詞にまたもやブラッドの動きが止まった。
 暫く私を見つめていたかと思うと、含みのある笑みを浮かべ、
「キスを、したくなるほどにかな?」
 艶のある視線を向けられ、今度は私が固まってしまう番。
「そ、そうね、少なくとも、この前みたいな障害は無いんじゃないかしら」
 視線を逸らし、素気なく言っても効果は無い。
 顔を赤らめる私の反応に満足したように目を細めると、
「全く、男のロマンを解さないなんて、お嬢さんもまだまだだな」
 呆れた、というように肩を竦めこれ見よがしに溜息を吐いてみせる。
(この男は……)
 何が男のロマンなものか。
 きっと大人になったって、無精髭の良さなんて分かりはしないだろう。
「そうね、ゴーランドにも以前同じ様な事を言われたから、そうなんじゃないかしら」
(キャラ被るわよ)
 という意味も込めて言い返すと、音を立てるようにブラッドの動きが止まった。
 漸く動いたかと思うと、
―ゴホン―
 大袈裟に咳払いをして、硬い表情で笑って見せる。
「そうだな、たまにはお嬢さんの好みに合わせるのもいいだろう」
 取り繕ってはいるけれど動揺しているのが良く分かる。
 この男が動揺する事自体が珍しいのに、ここまでなんてもう二度と無いかもしれない。
「へぇ〜」
 ニヤリと笑って見せると、
「忘れてくれ」
 余りにも真剣に言ってくるものだから、つい噴出してしまう。
「お嬢さん」
「ごめんなさい、つい」
 剣呑な視線に謝るが、余り怖くないのは珍しく照れたブラッドの横顔のせい。
「そうね」
 ブラッドの髭面なんて余り覚えておきたいものではないし、
「私、今度お昼に行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれるかしら?」
 勿論髭はなしで、とニヤリと笑って見せると、
「全く、私を脅すとは大したお嬢さんだ」
 おどけて見せるが満更ではないようだ。
「昼と言うのは怠いが、お嬢さんから誘ってくれると言うのだから断る理由もないだろう」
 緩慢に首を傾げて笑って見せる。
「別に脅したつもりはないんだけど、でもありがとう」
 ブラッドと出かけるなんて滅多に無いから、渡りに船ではあるけれど何だか楽しくなってきた。
 無精髭のブラッドは御免だけど、髭も時には役に立つ。

FIN.

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