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Unexpected tea party

「何で」
 呟いた私に、その場にいる二人の視線が注がれる。
 私の滞在地は遊園地だけど、時折こうして帽子屋屋敷まで友人に会いに来る。
 遊園地と帽子屋屋敷とは敵対勢力に当たるのだけど余所者の私には関係ないらしく、屋敷の主はいつも快く私を迎えてくれる。
 同じ滞在地の居候仲間であるボリスもここの門番たちと仲が良く、よく遊びに来ているのは知っていたけど……。
 屋敷の主とも交友があるとは思わなかった。
 というより無かった気がする。
 それなのに今、私の目の前ではその二人(一人と一匹)による夜のお茶会が催されていた。
「おや、お嬢さんじゃないか。調度良い、今しがたお茶会を始めたところだ、君も参加して行ってくれ」
「そうしなよ、アリス」
 主催者であるブラッドと、その向い側にいるボリスが手招きをする。
「何でこんな事になってるのよ」
 私はボリスの隣の席に腰を下ろしながら小声で尋ねる。
 別に小声にする必要は無かったのだけど、この場の空気がそうさせた。
(重苦しいわ)
 決して楽しいお茶会とは言えない雰囲気が漂っている。
「にゃんでっ、て訊かれても、にゃんでだろ」
 後ろに倒れた耳と立った尻尾がボリスの警戒を如実に表している。心なしか呂律も回っていない。
 猫だけにニャンニャン言っても違和感は無いけど。
 それ以上にこの組み合わせに違和感がある。
「おや、お嬢さんは猫君側をご希望のようだ。私の横は不服かな」
 私とボリスの関係を知っていながら、ブラッドは面白がるように言ってくる。
「そうね、突然とはいえご招待された席でホスト側に回るつもりは無いの」
「おやおや、つれないことだ」
 そんなことを言うけれど、普段から私はこちら側だ。
 時に並んで座ったこともあったけどあれは特殊ケース。
 なんたってあれは、ティーテーブルの上の話。
 そんなことを考えている間に、私の紅茶が運ばれてくる。
「美味しい」
 いつもの事ながらここで出される紅茶は美味しい。屋敷の主が紅茶にうるさいだけのことはある。
 というか彼の場合、既にマニアの域に達している。
「さすがお嬢さん、いつもながら味の分かる客はもてなす側にとっては最高の客だよ」
 そしてついっと、その視線をボリスに向ける。
「ほら、お嬢さんもこう言っているんだ、君も遠慮せずに飲みなさい」
 それとも私の紅茶が飲めないのか、と言外に匂わすところなどさすがマフィアだ。
「いや、あの、帽子屋さん」
「ん?何だ。早く飲まなくては冷めてしまうぞ。温かい紅茶は温かい内に飲むものだ」
「……………」
「ボリス?」
「俺、猫なんだけど」
「まあ、そうだな。見ればわかる」
 ボリスが何を言いたいのか分からない。
 どこからどう見てもボリスは猫で、帽子屋屋敷やお城にいる他の動物にはどうやっても見えない。
「帽子屋さん、猫飼ったことある?」
「あるように見えるか」
 沈黙が過ぎる。
(見えないわ)
 きっとボリスも同じ事を思ったに違いない。
「猫ってさ、熱いの苦手なんだよね。帽子屋さん、知ってた?」
 どこか緊張するように答える隣の猫の心境に同調してか、私まで緊張してくる。
「おや、そうだったのか。それは残念だな。そうと知っていればアイスティーも用意させておくのだが、この度は用意していないのだよ」
(しらじらしい)
 妙に芝居がかった言い回しに悪意を感じる。
 悪意というか、小狡い嫌がらせにしか思えない。
(いったい何が遣りたいのかしら)
 何の為にボリス相手にこんな嫌がらせをしているのか、いつものただの退屈しのぎなのか。
 それにしてもせこ過ぎる。
「どうしてこんな事になってるの?」
 再度ボリスに小声で尋ねる。
「うーん、どうしてだろう。俺はいつも通り友達に会いにきただけだったんだけど」
「内緒話かな、お嬢さん。私に聞かれたく無い話なら、ここでしない事をお勧めするが」
 険のある物言いだ。
 蔑ろにされたと気分を害したのか、と思えばその顔はどこかこの状況を楽しんでいるようにも見える。
「別に、ただお茶会に誘われるほど、あなたとボリスは親しい間柄だったかしらって、そう思っただけよ」
「違う違う、俺だって呼ばれてビックリだって」
「どういうこと?」
 ブラッドよりも先にボリスから反応があり、そのままボリスに話を振る。
「いつもみたいにあいつらに会いに来たんだ、したらあいつら門にいなくてさ、またどこかでさぼってんだろうと思って探そうと思ったら、帽子屋さんが現れたんだ」
「君にはいつもうちの門番たちがお世話になっているようだからね、そのお礼のつもりだったのだが。迷惑だったかな?」
「迷惑じゃあないけどさ……」
 明らかに『迷惑です』とその態度が雄弁に物語っているが、いつもの減らず口は影を潜めているみたいだ。
(あれだけ敵意を剥き出しにされてたらね……)
 ブラッドはお礼と嘯くが明らかにそれとは違う物が混じっている。
 遊園地の者が気安く帽子屋の領地に侵入するな、ってことなのかしら。
 そうだとしたら今更ね。
 これまでだって数え切れないくらいボリスは領地はおろか、この屋敷まで足を運んでいる。
「それに、最近私のお気に入りのお客がさんめっきりご無沙汰でね。どうしたものか、同居人いやいや同居猫、か。その彼に尋ねたいと思ってね」
「あんた、その為に……」
 こんな嫌がらせじみた事をやっているのか。
「そういうがね、お嬢さん。少し前までは度々足を運んでくれていた子が急に来なくなれば心配だってするだろう」
 さも真っ当な事を言っているといった口調だが完全に嫌味だ。
 それもボリスだけではなく、私に対する嫌味まで混じっている。
 混じっているというより、私に対する嫌がらせが占めたいるんじゃないかしら。
「へぇ〜、そんなに足繁く通っちゃう仲だったんだ」
 効果は覿面で、ボリスの声色が変わる。
「ああ、それはもう。あの頃は時間帯を空けず来てくれたものだよ」
「そうなんだ、じゃあ今度は俺のほうが、帽子屋さんにお礼しなくちゃいけないのかな」
「ん?何故だね。君にお礼をしてもらうようなことでは無いはずだが」
(寒い)
 段々と空気が冷たくなってきている。
 元々和気藹々といった空気ではなかったが、更に酷いことになってきた。
「そうでも無いぜ、俺の所の子がお世話になったんだ。お礼くらい言わせてくれよ」
「君の所、ではないだろ」
「ああ、だが俺が礼を言う立場にいるんでね。まあそういうわけで、お礼も言ったことだし、帰るよアリス」
「え?」
 急に話を振られて一瞬体が縮こまる。
「ほらほら、帰るよ。早く早く」
「え、ええ」
「おやおや、お嬢さんは今来たばかりだろう?お茶会も始まったばかりだ。もう少しゆっくりしていったらどうかな」
「アリス」
「お嬢さん」
 二人から同時に呼ばれ何と応えるべきが咄嗟に判断しかねてしまう。
「アリス、そこで迷うんだ」
「迷ってなんて無いわよ」
 非難されているような気分になって即座にそう言い返す。
「じゃあ帰ろうよ」
「え、ええ」
 ボリスに促されるまま席を立ちブラッドを振り返る。
「アリス」
「挨拶はちゃんとしなきゃ」
 再び咎められけどそれはそれ。
 ご馳走になっておきながら黙って帰るようなまねは私には出来ない。
「ご馳走様、紅茶美味しかったわ」
「そうか、それはよかった。そうだな、ではそこまで送るとしよう」
「いいわよ、そこまでしてくれなくったて」
「そうだぜ、帽子屋さん。あんたはそこでお茶会の続きでも楽しんでくれ」
「つれないことを言わないでくれ、淑女を送るのは紳士の務めだよお嬢さん」
 緩慢な動作で席から立ち上がり私の隣に立つ。
 ボリスがしきりに威嚇をするけど気に留めやしない。
(絶対に嫌がらせだわ)
 気まずい空気のまま門扉まで辿り着く。
 相変わらず双子の門番達の姿は見当たらない。
 そうたいした距離でもないのに、とてつもなく長い距離を歩いたような疲労感に襲われた。
「それじゃあブラッド、ここでいいわ」
「ああ、お嬢さん。気を付けて帰りなさい」
 ふとブラッドの顔が近付いて来る。
「ちょっと、ブラッド……」
「また、お茶を飲みに来なさい。いくら男が出来たからといっても、それくらいの時間はあるだろう」
 耳に息が当たる距離で囁かれ、囁かれた耳に熱が集まる。
「ほら、アリス行くよ」
 ボリスに腕を引っ張られ、そのまま引き摺られるようにして帽子屋屋敷を後にした。
 何が楽しいのかヒラヒラと手を振るブラッドを、無性に殴り飛ばして踏みつけにしてやりたくなった。

 + + +

 そのまま森の中まで引き摺られていく。
 さすがにこのままの速度で遊園地までの道のりはきつ過ぎる。
「ボリス、ねえ、ボリスったら」
「なに?」
 急に立ち止まり振り替えるから、私はボリスの胸に思いっきりぶつかってしまった。
 そのまま抱き込まれて、身動きが取れなくなってしまう。
「…………………放してよ」
「嫌だって言ったら」
「尻尾引っ張るわよ」
 彼の後ろでしきりに揺れている尻尾に手を伸ばすが、ヒョイ、ヒョイ、と逃げられて中々掴むことが出来ない。
 両腕の自由が利かないから余計不利だ。
「ねえ、アリス」
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
 耳に触れる感触に声にならない悲鳴が漏れる。
 この状態では、じたばたともがいても全く効果が無いのは考えなくてもわかる。
 耳を舌で暫く弄ばれ、段々と足に力が入らなくなる。そうなって今度は軽く硬い物が触れてきた。
 トロリと触れてくる感触と痛みになるかならないか、そのギリギリの刺激を不規則に繰り返され、どうにかなってしまいそうだ。
 ボリスに抱留められているからどうにか立っていられるけど、そうでなくては完全にへたり込んでしまっているはず。
 足どころか体に力が入らない。
「ボ、リス。やめ、て」
「ん?何で」
(何で?じゃないっ)
 頭では突っ込めても声にはならない。
「気持ちよさそうな顔してるぜ、アリス」
「して、な…わよ」
「へえ、そうなんだ」
 漸く耳から口を離し目の前でニヤリと笑う。
「まあいいや。はい、消毒おしまい……………って、アリスっ」
 急に手を放され体の力が抜ける。
 倒れかけた私をボリスが咄嗟に支えてくれた。
「大丈夫?」
「大丈夫よ、急に放されたからバランスが取れなかっただけ」
 そういうことにしておく。
 暫くしてボリスから体を離すと、今度こそしっかりと足を付けボリスを睨み付ける。
「えーと、アリス?」
「アリス?じゃないわよ。こんな所で何考えてるのよ」
「何って、消毒」
 それは聞いた。
 無言で睨み付けているとボリスの耳が下がり、尻尾が大きく左右にふれる。
 猫の尻尾は感情が高ぶったり緊張したり、更にはイラついたりした時には左右に振れる。
「だって、帽子屋さんに触られてただろ」
「当たってないわよ」
 何がとは言わない。
「当たってたよ」
 ブラッドが私に耳打ちしたのが、ボリスには触れた様に見えたのだろう。
「あなたからはそう見えたかもしれないけど、あれは本当に当たってなんていなかったのよ」
「いいや、当たったね」
「当たってない」
「当たっただろ……息が」
「は?」
 何を言っているのだろう、この猫は。
「だから、あんな距離で囁かれたら、息が当たるだろ」
 確かに息くらいはね。
 で、だからそれが何だというのだろう。
 顔を顰め首を捻る私に、ボリスは再度同じ言葉を告げた。
「だからさ、消毒」
 さも当然と言わんばかりの言いように、何と反論したら良いのか分からない。
 半ば呆れて黙っている私に、ボリスは更に続けた。
「束縛されるのは嫌いだし、だからアリスを束縛しようとも思わない。俺は心の広い猫だからね」
 だけど、とその顔に笑みを浮かべる。
「知ってる?猫って案外に嫉妬深い生き物なんだぜ」
「そうみたいね」
 知っているわ。
 だってあなた、元の世界で飼っていた猫にだって嫉妬していたくらいですものね。
「分かってるんだ?ふーん、じゃあま、いいか」
 独白のように言って、手を差し伸べてくる。
「帰ろうぜ」
「ええ」
 その手をとって歩き出す。
 今度は引き摺られる事無く、手を繋いで並んで歩く。
 ふと思い立ち、ボリスを見上げてぴしゃりと言い切った。
「でもねボリス。ああいうことは、部屋に帰ってからにして貰えないかしら」
「……わかった」
 少し考えてから、ボリスは頷いた。
 そして私の耳元で囁くように告げてくる。
「それってさ、部屋だったらしてもいいってことだよね」

FIN.

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