プレゼントを買いに来た。
別に何かの記念という訳ではないけれど、先日彼と出掛けた先で見つけた物をどうしてもあげたくなったのだ。
プレゼントを買うのにあげる相手を連れてきたのでは意味が無いから黙って出てきたけど……。
(心配するかもしれない)
早くも後悔している。
自惚れではなく、彼は心配してくれるだろう。
マフィア、帽子屋ファミリーのNO.2であり、私の恋人の彼、エリオット=マーチなら。
エリオットが心配すると思うと、書置きか言伝くらいしてくれば良かったと思うのに、心配してくれることを嬉しいとも思ってしまう。
(早く買って帰りましょ)
買うものは決まっているので、目的地にさえ着いてしまえば後は買って帰るだけ。
思いの外大きかった「ソレ」をプレゼント用に包装してもらい、両腕に抱え込んで帰路に着く。
帽子屋ファミリーの領地内であっても、これだけ大きな物を抱えていては帰り着くのに時間が掛かる。
早く早くと思えば思うほど、足取りは儘ならない。
ともすれば前が見えず、かといって下げれば地に着いて汚れてしまいそうな荷物を何度も抱えなおし、やっとの思いで帽子屋屋敷に帰り着いた。
「ねえ、エリオット見なかった?」
「エリオット様でしたら先程から屋敷内をウロウロと……」
「アリスっ」
屋敷内でメイドさんを捕まえてエリオットの居場所を尋ねている調度その時、探し人(探しウサギ)の方から私の前に現れてくれた。
現れたかと思えば、物凄い勢いで私に近付いて来る。
その迫力にメイドさんは、
「私はこれで〜」
何時ものように間延びした台詞を吐いて、そそくさといなくなる。
残された私はまさか逃げる訳にもいかず、突進してくるウサギを待ち受けた。
「アリス、何処行ってたんだよっ。黙っていなくなるから心配したんだぜ」
「ごめんなさい。でもいつも一人で出掛けているんだから、大丈夫なの知っているでしょ」
「でもよ……」
安心させるように言うと、長い耳が垂れ下がってくる。
(本当に心配してくれていたのね)
心配してくれるだろうと予想はしていたが、実際にこんな姿を見せられると弱い。
「あのね、エリオット。実はこれを買いに行ってたの」
大きな包みを差し出せば、私とその包みを交互に見比べる。
本当は部屋で渡そうと思っていたのに、つい絆されてしまった。
「これ……」
「あなたへのプレゼントよ」
「えっ、俺に?」
「ええ、あなたに。受け取ってくれるでしょ」
「勿論だぜ。あんたからのプレゼントだなんて、すげえ嬉しい」
こんなに喜んでもらえると、持って帰る時のあの苦労も報われるというものだ。
喜んでくれたことが嬉しいのに、私はエリオットのように素直に喜ぶことが出来ない。
「喜ぶのは、中身を確認してからにしてよね」
だからつい照れ隠しで可愛くない事を言ってしまう。
「あんたからのプレゼントなら何だって嬉しいに決まってるさ。でもそうだな、だったらここで開けてみていいか?」
「え?ええ。開けてみて」
ここで開封するのはどうかと一瞬躊躇うが、私から言い出した手前駄目だとも言えない。
私が頷くと、受け取った包みをエリオットは豪快に破り捨てる。
出てきた中身を見て一瞬その瞳が輝くが、すぐにはっとして目を逸らす。
「どうしたの?確かにエリオットにはこういうの似合わないかもしれないけど、ニンジン好きだからこういうのも好きだと思ったんだけど」
「いや、その、俺が好きなのはニンジン料理で、だから別にニンジン自体が好きって訳じゃないんだ」
「同じようなものじゃない」
折角苦労して持って帰った「ソレ」、ニンジンの抱き枕を前に目を逸らそうとするウサギさんについ腹を立ててしまう。
私が勝手に買ってきたのだから、喜んで貰えなかったからといって腹を立てるのは理不尽な事だと分かっているけど。
(じゃあその耳は何なのよ)
耳だけは彼の「嬉しい」という心情を如実に表している。
「俺はウサギじゃないんだ、ニンジンなんて興味ねえよ」
(でも、喜んでんじゃない)
この耳を前にすれば、エリオットのこの態度が見せ掛けだけだということが一目瞭然だ。
大体、私から貰える物は何だって嬉しいって言ったばかりじゃない。
「分かったわ、もういい」
エリオットから大きなニンジンの抱き枕を奪い返し、そのまま背を向けて歩き出す。
「え、わ、ちょっ、待ってくれよ。アリス」
慌てて呼び止めてくるが、止まってなんてやらない。
無視して歩けば、大股で追いかけて来る足音が聞こえてきた。
「アリス」
「きゃっ」
後ろからいきなりニンジンごと抱きすくめられ、身動きが取れなくなる。
「ごめん、アリス。本当は嬉しかったんだ。あんたが俺のこと思って買ってくれたんだと思ったらさ。でも、何て言うかさ、照れ臭いだろ。大の男がニンジンの枕見て喜ぶなんてさ……」
ごにょごにょと言訳をするウサギさんに、つい溜息が出た。
「わかったわ、許してあげる」
「ホントか、アリス。あんたってやっぱすげえ優しい奴だな。あ〜、何だかこのままあんたごと抱き枕にして眠っちまいてえ」
「なっ、何馬鹿なこと言ってんのよ。大体ここ廊下でしょっ」
「じゃあさ、このまま抱いて行っちまっても良いか?俺、あんたを放したくねえんだ」
(何てこと言うのよ、このウサギは)
聞いてて恥ずかしくなるような台詞を耳元で囁かれ、顔に熱が集まる。
「良い訳無いでしょっ。……………でも、そうね。一緒に行きましょ」
見上げれば、垂れ下がっていたのだろう耳がピンと立つのが見えた。
それを見て私も嬉しくなる。
私なんかの反応でこんなに一喜一憂してくれるなんて、いくらこの世界で私は好かれ易い存在だとはいえ、このウサギさんだけなんじゃないだろうか。
「じゃあさ、それは俺が持つよ」
私の横に並んで、私だと持つだけで苦労するニンジンの抱き枕をひょいと持ち上げる。
エリオットが持つと、あれだけ苦労したのが嘘みたいに小さく見えるのが不思議だ。
「ありがとう、エリオット」
エリオットが首を傾げる。
「どうしたの」
「何かさ、あんたがお礼言うのって変な感じがするな」
「……そう言われてみれば、そうね」
へへ、と笑うウサギに釣られ、私まで笑ってしまう。
「ありがとな、アリス」
「どういたしまして」
私の隣を歩きながら、大きなニンジンを小脇に抱えた大きなウサギが笑う。
(やっぱり、買って良かったわ)
だって、こんな大きなニンジンが似合うウサギさんを、私は他に知らない。
FIN.