男のウサギ耳は、はっきり言ってうざいと思う。
じゃあ女のウサギ耳はどうかと尋ねられると、こちらも同じくらい寒い気がする。特に一定の男性の気を惹く為にそれをしていると思うと、悪寒すら走る。
まさかそんな真似を私がする事になろうとは、少し前までなら考えもしなかっただろう。
+ + +
(大体これが悪いのよ)
私の滞在地である帽子屋屋敷。
その領土内にあるショッピングモールで福引をする事になった。
行きつけの人参料理屋の店主がくれたのだ。
言っておくが、私は別に人参料理屋に行きつけになるほど人参料理が好きなわけではない。全ては人参料が理好きな恋人を持ってしまったため。
当然人参料理意外を食べに行く事もあるが、交互に行きたい店を指定していると必然的に人参料理のお店が多くなってしまう。
何度か通ううちに顔見知りになり、二号店があるというショッピングモールの福引券を貰えるほど通い詰めるまでになってしまった。
その福引の景品が『コレ』だ。
何かの罰ゲームかと疑いたくなってしまうような景品。空籤無しとは書いてあるが、これは明らかにハズレ籤だと思う。
なのに何故かガラポンから出た玉は金色で、カランカランと鐘まで鳴らされてしまった。
何が当たったのかと期待して待っていたところ、
「おめでとうございます。どうぞこちらからお選び下さい」
そう動物の着け耳セットを差し出された。
猫耳、鼠耳、犬耳、そしてウサギ耳。
何かの冗談かと思ったが、冗談ではないらしい。係員は笑顔ではあるが至って真剣な面持で、ヘアバンド状になった動物の耳が入っている箱を差し出してくる。
そっちの残念賞と変えて貰いたくなったが、係員が余りにもにこやかに進めて来るものだから、つい受け取ってしまった。
それも、恋人と同じウサギ耳。
更に白とオレンジ二種類有る内のオレンジ色を迷う事無く選んでしまう。
それと同時にチケットを手渡された。
金の特賞玉が出たのに景品が動物耳だなんでおかしいと思っていたら、どうやらこちらが『本物の景品』のようだ。
よくよく景品の掲示を見てみると、
―超豪華!動物耳限定展望台特別ディナー招待券―
と書かれていた。
(動物耳限定?)
何てマニア向……いやいや、何てレアな景品。
だからこその動物耳ということなんだろうけど。
+ + +
そうして手にしたウサギ耳を今、私は自室の鏡の前で試着していた。
これはあくまで試着よ、試着。
誰かが見ているわけでもないのに、言訳じみた言葉を呟く。
いくらお店に入る為に必要とはいえ、これは恥ずかし過ぎる。
一体どんな羞恥プレイなのかと疑いたくなるほどに。
出来れば誰にも見られたくないし、当日も店の直前で着けたい。
その為には試着が必要になる。
―コンコン―
「アリス、ちょっと話があるんだけどさ」
ノックと同時に部屋の戸が開かれた。
いきなり入ってくる双子とは違いエリオットは一応ノックをしてくれる。ただ時に、今のように一応するだけのことがある。
(それが今じゃなくてもいいじゃない)
よりによってこんな時じゃなくても。
私はウサギ耳を着けたままで、硬直してしまった。
エリオットも硬直している。
「あ、あのね、エリオット。これはその――」
「アリスは、やっぱり……」
「え?」
慌てて理由を述べようとする私の言葉を遮り、俯いて何かを呟くが何を言ったのか聞き取れなかった。
「アリスはやっぱり、ウサギが好きなのか」
「え、別に、嫌いじゃないわ」
嫌いなはずがない。
今までは好きでも嫌いでもなかったけれど。
「というより、好き、よ」
誰がと言った訳ではないのに気恥ずかしくなった。
そんな私とは裏腹に、エリオットの耳は見る見るしな垂れて来る。
どうしたのかと近寄ると、エリオットが顔を上げた。
「アリスは、あんな陰険野郎のどこがいいんだ?」
「は?」
真剣に、切羽詰った様子で聞いてくるから何事かと思えば……。
(何が聞きたいの?)
全く訳が分からない。
「陰険野郎って?」
「城の、白ウサギの事だよ」
「ペーター?」
(何でペーターが出てくるのかしら)
意味が分からず首を傾げると、
「他に誰がいるっていうんだよ」
段々エリオットの語気が荒くなってくる。
苛立っているのは分かるが、何をそんなに苛立っているのかまでは分からない。
どこかでペーターと話しているのを見た、とか?
記憶を手繰るが、ここ数時間帯はお城に行ってないし、ペーターにも会っていない。
私が記憶を掘り起こしながらあれこれ考えていると、エリオットは更にとんでもないことを口走り始めた。
「それとも、誰か他の俺の知らないウサギなのか?」
「だから、何が?」
本当に訳が分からない。ここはしっかり話を聞いてみたほうが良い。
(そういえば部屋に入ってくる時も話があるって言っていみたいたし)
「だから、他に好きな奴が出来たんだろ。しかもそいつの、そのウサギの為に、そんなもん着けるくらい好きな奴が……」
…………………。
…………………。
…………………。
「は?」
声が低くなってしまう。
ほっっっんとーーーーーに、何を考えているのかしら。
このウサギは。
「だってそうだろ」
「何がそうなのよ」
もう怒る気も失せてくる。
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
「だって、急にそんな耳着けてるところ見たらさ。誰かの為、とか思うだろ」
(思わねえよ)
普通だったら宴会の余興が関の山だ。
「違うわよ」
「じゃあ何なんだよ」
私より背が高いくせに、上目遣いで伺うように私を見る。更にその耳は垂れ下がっていて……。
か、可愛い。可愛すぎる。
今すぐにでもその耳を、ぐちゃぐちゃに引っ掴みたくなる衝動に駆られるけど、そこを何とか堪えてエリオットを見る。
「これよ」
そして福引の景品で貰った招待券を見せる。
ぴょこんと耳が立つ。
「こ、これは……」
瞬間、その目が輝きを放つ。
「この前の福引、これが当たったの。これはそのおまけ。動物耳じゃないと入れないお店なんだって」
―動物耳限定―の文字を指しながら言うと、今度は先程とは違う意味でエリオットの瞳が潤み出す。
そして再びくたんと耳が垂れた。
「ごめん。ごめんな、アリス」
「別に、誤ってもらうようなことはされてないわ」
疑ったことを言っているのだろうけど……馬鹿らし過ぎて怒る気にもならない。
「でも俺、あんたを疑うような事言っちまって。ほっんとーにごめんな。俺、すげぇひでえ奴だ」
「別に怒るようなことじゃないわ。勘違いだったんだし」
伏せがちだった瞳が上を向き、耳が起き上がる。
「あんたって、あんたって……」
「まったっ!」
この後の行動が簡単に想像できて、咄嗟に静止をかける。
「だけどそうね、一つだけ条件があるわ」
「なでも言ってくれ、あんたがそれで許してくれるって言うなら俺、何でもするからさ」
少しだけ緊張しているのが伝わってくる。
私は小さく笑い、招待券を指す。
「一緒に来て頂戴」
「え?」
「これ、ペア招待券なの。だからエリオットに私と来て欲しいの」
別にこんな条件を出さなくても彼なら喜んで誘いを受けてくれるだろうけど。
だけど、たまにはこういうのも悪くない。
少しだけ勝った気分になる。
「そんなことで、いいのか?」
「ええ」
「だって、それじゃあその……」
「なあに?」
「なんか、ご褒美みたいじゃね?」
(え?)
ご褒美。
言われてみればそうだ。
「いいのよ。私がそうしたいんだから」
笑うとエリオットの瞳が輝く。
「あんたって、何ていい奴なんだっ!」
折角回避したのに、結局こうなってしまった。
耳をぴんと立てて、体全体で喜びを表現しながら飛びついてくる。
抱擁もだが、この剥き出しの好意には慣れそうにない。
やはり同じように彼に慕われている彼の上司を思い出し、苦笑が浮かぶ。
「でもさ、アリス」
「何?」
「アリスにはそれがあるけど、俺は大丈夫なのか?」
「何が?」
「だって、これ動物耳限定なんだろ。しかもニンジン料理はウサギ耳限定って書いてあるから」
(……えーっと)
なんて言ったら良いのだろう。
もういっそのこと、「あんたウサギ耳じゃん」とか言ってやりたい。
言ったって否定するんだろうけど。
どうしようかと本当に悩んでいるエリオットには色々突っ込みたいことがあるけれど、今は横に置いておく。
そしてエリオットを鏡の前に引っ張ってくる。
「見て」
「???」
「ほら、おそろい」
私の付け耳と彼の耳を指して言う。
「で、でも俺のはウサギ耳じゃないぜ」
「そうね……」
ウサギ耳よ。
「でも、私のも偽者よ」
「でもよー」
「見えるんだからいいじゃない」
中々納得しないエリオットに、「ねっ」と片目を閉じてみせる。
「あ、ああ。そうだな。だけど、言っとくけど、俺はウサギじゃねえからこの耳もウサギ耳じゃないぜ」
そう言い張る彼には少しも迷いもない。
寸分の迷いなく、自分がウサギじゃないと思っているらしい。
ふと思い立ち、エリオットから数歩離れて振り返る。
「ねえ、エリオット」
「???」
首を傾げるエリオットに、少し意地の悪い笑みを作って問いかける。
「似合うかしら」
「に、似合わねえっ」
ふいっと私から逸らすその横顔が照れているように見えた。
「えー、だってほら、おそろいなのに」
「おそろいじゃねぇよ。だってそれ、ウサギ耳だろ」
「似てるじゃない」
「似てても違う。俺のは、似てるだけでウサギ耳じゃねえよ」
「そうね、知っているわ」
ウサギ耳でしょ。
ねえ、知ってる?
それを知らないのは、あなただけよ。
FIN.