この部屋でこうしている時間は嫌いじゃない。
この殺風景だがそこが彼らしい部屋で、部屋の主を待つ時間。
つい先刻夕方から昼に時間帯が変わり、私も仕事に区切りを付けてこの部屋にやってきた。
前の時間帯に、次の昼の時間帯は休みが取れたと言っていたからそろそろ帰ってくるはずだ。
主の居ない部屋で部屋の主、エリオット=マーチを待つ。
これは私達がちゃんと付き合い始める前からの恒例になっていた。
ベッドの上で寛ぎながらエリオットの帰りを待つ。
こんなに寛いでいいのかと思うほどの寛ぎようだ。
そうしていると勢いよく部屋のドアが開き部屋の主が姿を現した。
「アリス」
嬉しさを体全体で表すというのはまさにこんな感じだろう、尻尾が見えたなら凄い勢いで振っていそう。
「お帰りなさい、エリオット」
ベッドから降りてエリオットを迎えると、エリオットの目の輝きがより一層増す。
「やっぱり部屋に帰った時にアリスがいるっていいな。なんかこう、元気が出てくるっていうかさ」
そう言って私を抱きしめ、肩に顔を埋めてくる。
暫くそうしていると不思議とエリオットの耳が垂れ下がってきた。
「あんたって良い匂いがする」
「そ、そんなことないわよ」
(いきなり何言い出すの)
言われた言葉に反応して、今の状況が急に恥ずかしくなってくる。例え良い匂いだと言われても匂いを嗅がれて嬉しいはずもない。
「そんなことあるって……。ああ、このままこうしていてえ」
そう呟いてエリオットは私の肩から頭を上げて体を放す。
「わりいアリス、俺これから仕事が入っちまったんだ」
「え、だって、休みだったんじゃ」
「そうだったんだけど、急な仕事が入ったんだ。すまねえ、今度また埋め合わせするから」
そう言ってエリオットは手を合わせるけど、今回だって前回の埋め合わせのはずだ。
「別に気にしなくていいわ、エリオットにとっては仕事が一番大事なんでしょうから」
つい嫌な言い方をしてしまう。
こんなの「私と仕事どっちが大事なの」何て事を言う我侭な女の人と同じじゃない。
私は絶対にそんな事言ったりしないと思っていたのに。
「ごめんアリス」
(言い訳ぐらいしたらいいのに)
「今度は絶対に約束守るからさ。それに纏まった休みが取れるように頑張るし」
「別に、いいって言っているでしょ。仕事なんだから仕方ないわよ」
今更何を言ったって皮肉にしか聞こえないだろうけど、それでも精一杯取り繕ってみせる。
こんな態度しか取れない私自身が嫌になってくる。
本当ならすぐに仕事なのに、態々こうやって時間を作って会いに来てくれた、そんな事少し考えたら分かるはずなのに。
それなのに逆に気を使わせてしまうなんて。
「そう言ってくれると有り難いけど、だけど俺がそうしたいんだ。もっとアリスと一緒にいたいし、色んなところに出掛けたい」
「エリオット」
(最低だわ)
そんな事を言わせてしまうその事が情けない。
もう行かないと、と名残惜しそうに言うエリオットを、せめて気持ちよく送り出してあげよう。
「私もよ、だから仕事頑張ってきてね。楽しみにしているから」
これくらいしか言えない事に更に落ち込んでくる。
「ああ、次こそはもっとしっかり、一緒にいような」
それなのにエリオットは本当に嬉しそうに笑い、私の望み通り元気を取り戻して部屋を出て行った。
その笑顔は嬉しかったのに、不甲斐ない自分が余計惨めに思えて、そしてそう思うことにまた落ち込んでしまった。
+ + +
あの後エリオットは宣言通り、それこそ働き過ぎなんじゃないかと言うほど働いて、纏まった休みを取ってくれた。
それなのに、
「ごめんなさいエリオット。この時間帯までは仕事なの」
今度は私が仕事中だ。
「次の時間帯からは纏まったお休みを貰っているから、もう少し待って」
ブラッドが私に用意してくれたメイドの仕事、今ではある程度任せて貰っているので休みも前ほど自由には取れなくなっていた。
それでも私とエリオットの関係に同僚達は気を使い、エリオットの休みに私の休みを合わせてくれたりしているけど。
今回も休みは合わせていたはずなのに、エリオットの仕事が速めに終わってしまったのだ。
「もう少しって、もう終わってるだろ」
エリオットの言う通り、私も自分の持ち場の仕事は既に終わっている。だけど融通の利かない私は時間が来るまで仕事を切り上げる事が出来ないでいた。
仕事なのだから当然と言えば当然なんだけど。
「時間帯が分かるまでもう少し待ってよ」
「もう少しって、後どれくらいだよ」
エリオットの言いたい事もわかる。この世界の時間なんて有ってないようなもので、時間帯だっていつ変わるかわからない。
「せっかく頑張って速めに仕事終わらせて来たのにさ」
なんてぼやいているエリオットが可愛く見えてしまうのだから末期症状だ。
これが他の人なら一刀両断出来るのに。
(ああ、もう。これだから恋なんて)
そう思うのに止められない。
そして私はポケットに手を入れて、便利アイテムを取り出した。
本当はこんな使い方よくないんだろうけど、
(まあいいか)
どうせエリオットに捕まって仕事どころではなくなっている。
自分の持ち場は終わっているしね。
心の中で言い訳と、迷惑をかけるだろう同僚達に詫びながら、手にした砂時計を引っくり返す。
(どうせなら、エリオットの好きな夕方の時間帯がいい)
それに次の仕事が五回後の夜の時間帯からだから、夜は避けたかった。
砂時計の砂が落ちると共に時間帯が昼から夕方に変わり、廊下に斜陽が差し込んでくる。
「さあ、仕事も終わったし。約束どおり出掛けましょうか」
「ああ」
悪戯な笑みを浮かべる私に、エリオットも笑顔を返してくれる。
「あんたって、やっぱ最高だぜ」
ズルをして褒められるなんて変な気分だけど、悪い気分じゃない。
「こんな事、今回限りだからね」
ニヤリと笑ってそう言ったけど、何だか癖になりそうだわ。
FIN.