帽子屋屋敷まで続く道は、夕日で赤に染まっている。
この時間帯はハートの女王の好きな時間帯だが、私の隣を歩くウサギさんの好きな時間帯でもある。
エリオット=マーチ。
マフィアのNO.2である彼は多忙なウサギで、まとまった休みが取れない。そういうときは私か彼の部屋で過ごすのが恒例になっている。
今は二時間帯ほど前からまとまった休みができたからと、久しぶりに遠出をした帰り道だ。
「ね、ね、…ねこ」
「こ?こね、えーと、…小麦粉」
「それはずるくねえか?」
こをこで返した私をエリオットは恨めしそうに見下ろす。耳がくたんと垂れ下がっている。
私たちは『しりとり』をしていた。
子供の遊びのように思うが、やってみると以外に面白い。ある意味頭脳ゲームだ。
「あら、ずるくなんて無いわ。さエリオット、こよ、こ」
「………あ〜、重い浮かばねえ」
「降参する?」
「嫌だ」
(エリオットも負けず嫌いなのよね)
この世界の住人はみんなどこか子供っぽいところがある。エリオットもそうで、負けるのが大っ嫌いだ。
だからといって私も負けるつもりは無い。
唸りながら考えていたエリオットの耳がピンと立つ。何か思いついたようだ。
「ココアっ」
「アカシア」
「またかよ………」
今立ったばかりの耳がまたくたんと垂れ下がる。
(かわいい)
引っ張ってやりたい衝動を抑えながら次の答を待つ。
「………赤だ」
「じゃあ、カニ」
「にんじんっ………ケーキ。にんじんケーキだ」
(ん?)
ずるい気もするけど、かろうじてセーフということにしておく。
「キツツキ」
「アリス〜」
「なあに、エリオット」
「なんでもねえっ」
惚けた振りをして笑うと、エリオットは拗ねたようにそっぽを向いた。しかしすぐに何かを思いついたらしく、再び自信満々に私を見た。
「機関銃」
どうだっ、と言わんばかりに出した単語は、彼の敬愛する上司愛用の武器だ。
どうもこのウサギさんはブラッドのことになると頭の回転が速いらしい。
「ウニ」
「にんじんスティック」
(んん?)
「国」
「にんじんステーキ」
「き、き、き………」
「へへへ、降参か」
調子に乗るなと言ってその耳を引っ張ってやりたい。
「なわけないでしょ。気圧の谷」
「にんじんチョコ」
「小銭」
「にんじんクッキー。あ、『い』でも『き』 でもいいぜ」
(〜〜〜〜〜〜〜っ)
『に』に対してにんじんしか言わないウサギは、なぜかとっても偉そうだ。完全に調子に乗っている。こうなったら私も意地になって『に』で終わる単語を探す。
「じゃあお言葉に甘えて、岩蟹」
「にんじんパイ」
「家ダニ」
「にんじんパフェ」
「絵銭」
「にんじん酒」
「毛蟹」
「にんじんプリン………じゃなかった」
「ダメよ。待ったなしの約束でしょ」
咄嗟に訂正を妨害する。だいいちそんなことをしていてはきりが無いし、エリオットのにんじん料理のレパートリーに敵うほど、最後に『に』の付く言葉なんて知らない。
「え〜〜〜」
「えー、じゃない」
「だって」
「だって何よ」
「にばかりずるいぜ」
「ずるくないわよ」
同じ語尾の付く言葉を選ぶのは『しりとり』の常套手段だ。それにそんな言葉は中々思いつくものではない。
(エリオットの方がずるしてるじゃない)
結局最後は『にんじん』しか言っていないウサギさんに、卑怯者扱いなんてされたくない。
「だいたい、にんじん料理以外にも『に』なんてたくさんあったでしょ」
「あ〜〜〜〜〜〜〜、そうだった」
たかがしりとり、頭を抱えてしゃがみ込むほどの事ではない。
しかしされどしりとりでもある。遊びとはいえ負けると悔しい。賭けが絡めばなおさらだ。
私とエリオットは賭けをしていた。
賭けと言っても大層なものではない。
負けた方が勝った方の望を聞くという、学生同士がよくやるような可愛らしい賭けだ。
双子相手だったらこん賭け危なすぎて出来無いが、エリオットだったら危ないということは無い。
彼が私に無茶なことをさせるはずが無いという、勝手な思い込みからだ。
そしてそれはたぶんただの思い込みではないと思う。
エリオットはマフィアのNO.2で、酷いことや危険なことも平気でする人だと知っている。
だけど私にとっては優しい恋人だということも知っている。