冬の領地に行った帰り、ついバレンタインのイベントをしているお店に寄ってしまい、トリュフの材料を買ってしまった。
そうして今に至る。
「アリス、今度は何を作っているんですか?」
調理場を借りていた私を見つけてペーターが声を掛けてくる。
「トリュフよ、冬に行った帰りに材料を買ってきたの」
トリュフ作りはもうほぼ終わりで、後は化粧箱に詰めれば完成する。
「そっか、冬じゃあ今バレンタインやってるもんな」
どこからともなく現れたエースがペーターとは反対側から手元を覗いてくる。
「バレンタインですか、勿論そのチョコは僕にくれるんですよね」
「ははは、催促しないと貰えないなんて、ペーターさんって可哀想だな」
………………………。
「「あっ」」
ペーターと私の声がダブった。
「……うん、旨いぜこれ。アリスって結構こういうの作るの上手いよな」
目にも留まらぬ早業で箱詰めする前のチョコに手を伸ばしたエースは、制止する間も無くそれを口の中に放り込んだ。
「エース、彼方ね……」
まあ最初から皆に上げる予定だったから良いのだけど、
(エースの分は一つ減らさないと……)
数が足りなくなってしまう。
「エース君、よくも僕のチョコを」
「嫌だなペーターさん、別にペーターさんのチョコって決まったわけじゃないだろ」
確かにその通りなのだが黙っておく。
別にペーターの味方と言う訳ではなく、ただ二人の遣り取りに巻き込まれたくないだけだ。
まあ摘み食いされた恨みが無いかと聞かれると、そうとは言い切れないけど。
「いいえ、アリスのチョコは僕が頂く事になってたんです」
「へえ、いつの間にそんな約束したんだ?」
私も初耳だ。
勿論ペーターにも上げるつもりだったが、全部上げるつもりは無い。
「そういう遣り取りがあったようには見えなかったけど」
「覗き見とは、騎士のする事とは思えませんね」
全くだ、例え騎士じゃなくても褒められた行為ではない。
「覗き見なんてしてないぜ、ただ通りかかったらアリスが料理していたから、声を掛けようと思ったらペーターさんに先を越されただけだよ」
「そんな事を言って、出来たところに現れてチョコを全部横取りするつもりだったのではありませんか?」
(するつもりだったのね……)
ペーター、彼方が。
「ははは、ペーターさん、そういうの語るに落ちたって言うんだぜ」
「何を言っているんですか、僕がそんな事をする筈ないじゃありませんか。僕はただ、アリスが僕の為に作って下さっているチョコの完成を待っていただけです。貰えると分かっているものを横取りしようなんて思いませんよ」
相変わらず発想がぶっ飛んでいるが、そんなことに気を取られている場合じゃない。
今まで発砲されなかったのが奇跡というくらいに不穏な空気が立ち込める調理場をとっとと後にしようと全速力で梱包を終わらせる。
「貰えると分かっているならこんな所で待っていないで、部屋で待っていればその内アリスの方から持ってきてくれたんじゃないのかな。それくらいの時間も待てないなんて、ペーターさん余裕無いなあ」
いつものようにいつもの如く、爽やかな笑顔のエースが爽やかに言ってのける。
「余裕が無いのではなく、彼方のような不届き者が横取りをしないか見張っていたのですよ」
梱包が終わったチョコを袋に詰めてそーっと調理場を後にする。
その直後、
―ガン、ガン―
―カン、カン―
とお馴染の金属音が響き渡り、
(間一髪ね)
ほっと胸を撫で下ろす。
初めの内は驚いたり戸惑ったりしていた撃ち合いや斬り合いも、今では慣れてしまっている。
(本当は危ないことなんてして欲しくないんだけど……)
それでもあの二人がやっているのは何だかんだと言ってじゃれ合いのようなものだと分っているから止めようとは思わない。
大体そんな危険な真似をしようとは思わない。
そして付き合ってもいられないから、先に他の人へチョコを渡そうと庭園に向かった。
やはり先ずは、ハートの城の実質上の最高権力者、ハートの女王ビバルディからだろう。
+ + +
そして予想通り、庭園でビバルディを見つけた私は、彼女の提案で私のチョコをお茶請けにお茶会を開く事になった。
他にもチョコを上げたいから、と言ったら、
「他の輩などどうでもよいではないか、わらわとお前で全部食べてしまおう」
そう止められてしまえば断る事が出来ようはずもない。
そうして始めたお茶会で、女王様は(珍しく)上機嫌でトリュフを啄ばんで行く。
「巷ではよく板チョコを溶かして固めただけのものを手作りチョコなどと嘯いて渡しておるようじゃが、アレを手作りとは呼べぬと思わぬか?」
一応溶かして好みの形に作り変えるのだから手作りと呼べない事もないけど、
「確かに、そう思うわ」
言い得て妙なので頷いてしまう。
「大体ちゃんと製品化したチョコレート菓子を再び溶かして固めるなど、味を劣化させているだけだという事が何故に分らんのじゃ。そんな事をするくらいなら買って来た物をそのまま渡す方がいくらか良いであろうに。それを手作りだと喜んで受け取る男の方もどうかしておる」
(何かあったのかしら)
先刻まで機嫌がよかったのにだんだんと機嫌が悪くなってくる。
「全く、普段手作りなど貰うことがないからと言ってウキウキしてからに……」
(誰の事かしら?)
恐ろしいので敢えて訊こうとは思わないけど、彼女をここまで不機嫌にさせる相手なら予想は付く。
「それに比べてお前はよく分っているね。これなら手作りと呼んでも嘘偽りはあるまい」
そして綺麗な指先でトリュフをつまんでひょいと口の中に放り込む。
行儀の良い食べ方ではないのに、この女性がすると絵になってしまうのが不思議だ。
「パティシエの作るのも美味しいが、たまにはこういう素朴な味の物も良いね」
パティシエが作るものと比べたりしては失礼だと思うが、彼女の言っていることも分る。
特にいつも高級品を口にしている人ならば、たまにこういう物を食べると余計新鮮味があるのだろう。
「気に入って貰えたのなら作った甲斐があるわ」
「ああ、アリスは私の喜ばし方を良く心得ているようだからね。お前の様な子はこの世界には他にいないよ」
チョコに伸びていた指先が今度は私の頬に向けられる。
(甘い香り)
チョコの甘い香りと薔薇の香りが混ざり合い、私の鼻孔を擽る。
「だからずっとわらわの側にいて、わらわだけを楽しませて――」
「アリスっ、僕を置いて消えてしまうなんて酷いですよ〜」
「やっぱり今回はペーターさんの後を着いてきて正解だったな。危うく食べ損ねるところだったよ」
女王様のお言葉を遮って白いウサギが抱きついてくる、その間に騎士は摘み食い。
「エース君、何勝手に食べてるんですか」
「こやつと同意見というのは不本意じゃが、全くその通りじゃ。誰かこやつの、いやこやつ等の首を刎ねよ」
折角のお茶会が台無しだ。
とは言えこれもいつものこと。
いつものように不機嫌な女王様と、いつものように狂ったウサギと、爽やかな笑顔の騎士が大騒ぎをしながらも机に着いてお茶をする。
他の女性からチョコレートを貰い鼻の下を伸ばしていたであろうキングは、たぶんこの席に呼ばれる事は無いのだろうけど。
「五月蝿くするならチョコ上げないからね」
「分りました、貴女がそう仰るのでしたら僕は大人しくしています」
「じゃあ俺も、騎士らしく紳士的な態度でテーブルに着こうかな」
そう言った側からチョコレートに手が伸びる。
「エース君、紳士的にするんじゃなかったんですか」
「ペーターさんこそ、大人しくすると言ったんだから殺気くらい抑えたほうがいいと思うぜ」
「お前たちは静かにするというのがどういう事か分っておらぬようじゃな」
「陛下、余り怒ると皺が増えますよ」
エースが余計な事を言う。
「誰の所為じゃと思っておる。もうよい、誰かこやつの――」
そしてお決まりの遣り取りが再開する。
このメンバーで静かにお茶会、ということ自体が無理なのかもしれない。
(疲れるわ……)
と思いながらもこの遣り取りを、楽しく思ってしまうのだから仕方がない。
慣れというのは恐ろしい。
FIN.