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帰郷、そして
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 大学の夏休み、私は再会した暁月と一緒に上越市の実家に帰郷した。
 最初に向かった場所は、『謙信様の泉』。
「こっちに来た時も思ったけど、本当にあるんだよな。ちょっと古いけど」
「仕方ないよ、あれから四五〇年も経ってるんだから」
「俺らからしてみたらたった三年なんだけどな」
「そうだね」
 全てはここから始まったんだ。
 この泉で水輪に会って、戦国時代に行って、暁月達と出会った。
「ねえ覚えてる、この場所で初めて会ったとき。暁月ったら凄く乱暴で」
「仕方ねぇだろ、いきなり得たいの知れねえ奴が現れれば、疑いもするさ」
「それは分かるけどさ」
 あの時代で生活した後の今となっては分かるけど、あの時は何が何だか分からなくって本当に不安だったんだから。
「でも、あれは酷かった」
「……悪かったって」
「まあ、今はもう気にしてないけどね」
 ペロッと下を出す。
「お前なぁ。三年も経てば少しは成長したかと思えば、ほっんとーに変ってねえのな」
「それどういう意味よ」
「そんまんまの意味だろ」
「だから、それがどういう意味だって言ってるのよ」
「はっ、そういうところが可愛くないって言ってるんだよ」
「悪かったわね、可愛くなくて。……そんなことより、先に『謙信様の祠』に手を合わせよ」
「ん、ああ、そうだな」
 いつまでも続きそうな言い合いを打ち切って、祠に手を合わせる。
「皆、どうなったかな」
「そうだね。……心配?」
「まあな。けど、もう四五〇年も前の事だしな。心配しても仕方ねえか」
「うん、そうだよ、ね」
 暁月は、やっぱり皆の事が気になっているみたい。私だって、あの後の事が気になっていた。
 暁月が言ったようにあの時代は四五〇年も昔の事なのに、私にはこの泉の向こうでで謙信様や軒猿の皆が生きているような、そんな気がしていたから。
 上越市にいた頃は、まだ暁月がこっちに来てるって知らなかったし。
「そんな顔すんなって。少なくとも御屋形様の事はわかったしな、だからいんだよ」
 暁月は私の頭をポンポンと撫でてくれて、そして優しい笑顔を浮かべた。
 どこか寂しさを含んだような、だけど吹っ切れたような笑顔だった。

 + + + 
 
 その後私達は私の実家に向かった。
 お母さんには一応付き合っている人がいるって教えているし、お姉ちゃんには暁月の事を話しているから心配することは無いと思うけど。
 ……甘かった。
「あ、あ、綾姫様っ!」
 お姉ちゃんの事、暁月に言うの忘れてた。
「えっと、暁月、こっちは私のお姉ちゃんで……」
 て、聞いてないし。
「この子があんたがいってた暁月君?へえ、結構格好いいじゃない。はじめまして、私は真奈の姉で、あやって言うのよ。宜しくね」
「へ?えーと、真奈の、お姉さん?」
「そ、真奈から何も聞いてなかった」
「えーっと、はい、まあ……。おい真奈、何で最初に教えてくれなかったんだよ。寿命が縮んだかと思ったぜ」
「ごめん、忘れてたのよ」
「忘れてたって、お前なあ」
「まあまあ二人とも、上がって。あなた達に見せたいものがあるの。それにあなたとは一度ゆっくりお話してみたかったんだ。謙信様について、ね」
 こ、これは、今日中に帰れなくなるかもしれない。
 居間に通された私達に、お姉ちゃんは一冊の古文書のような物を差し出した。
「お姉ちゃん、これは?」
「これはね、うちの家計図よ。この前蔵を整理していたら見つけたの」
「蔵って、前言ってた昔の家の」
「ええ、そうよ。それでね、ここ見てみて」
 お姉ちゃんに言われて、私と暁月は指された場所を覗き込む。
 そして、私達は顔を見合わせた。
「これって、真奈。あんたが言ってた男の子の名前じゃない」
「うん、瑠璃丸くんだ。瑠璃丸くんだよ、暁月」
「あ、ああ、ああ。そうだな……。つーことは、瑠璃が真奈の、先祖って事だよな」
「そうなるわね」
 これによると、あの後瑠璃丸くんは謙信様に『白羽』の姓を賜ったことになっている。
「瑠璃丸くん、生きたんだね」
「そうだな」
 いつ死んでしまうか分からないあの時代で、少なくとも瑠璃丸くんは生きて、子孫を残して、私の家の祖になったんだ。
「暁月?」
「ん?」
「良かったね」
「何がだよ?」
「だって、気にしてたでしょ」
「し、してねぇよ」
 赤くなって横を向いてしまった。
 私達の様子を見て、お姉ちゃんが笑っている。それを見て暁月が気まずそうにするのが分かった。
 綾姫様に似てるからな。
「……ねえ、暁月」
「何だ?」
「瑠璃丸くん、幸せだったんだよね」
 覗きこむように尋ねると、暁月の手が私の頭に伸びてきて、ぐしゃぐしゃと撫で回す。
「ちょっと、暁月」
 抗議しようと暁月を睨むと、翠炎が太陽のようだと言った、暁月はそんな笑顔を浮かべていた。
「ったり前だろ」
 うん、きっと、――ううん絶対に、絶対にそうだよね。


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