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川中島の午後
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 あの白い髪の男、山本勘助と再会して、それから私達は付き合い始めた。
「川中島?」
「そう、ピクニックに行かない」
「ああ、かまわないが」
「じゃあ、お弁当作るね」
「……俺が作ってやろうか」
 意地の悪い笑みを浮かべてくる。
 悔しいけど、こいつ私より料理上手なんだよね。
「いいえ、私が作ります」
 これでも少しずつ上達してるんだから。
「今度は、食えるものを作ってくれよ」
「もう、あんたっていつも一言多いよね」
「それは悪かったな」
 軽口を叩きながら、彼は優しい目をで笑う。
 うう、この笑顔に弱いのよね。
 そして何だかんだ言って、彼は私の作る料理をちゃんと食べてくれるのだ。
 それ以外は相変わらず、御飯抜き健康法みたいな食事ばかりしてるけど。
「あ、そうだ」
「ん?」
「だったらさ、おにぎりだけ作ってきてよ。梅干の入ったやつ」
 ふと海津城での事を思い出した。
 私を無理やり連れて行ったくせに、おにぎり作ってくれたり、今の時代の話を熱心に聞いてきたり。
 あの時は最悪な気分だったのに、今ではいい思い出になっている。
「梅干だけでいいのか?」
「んー、じゃあ、色々」
「色々?」
「そう、色々」
「ああ、わかった」
 かくして私達は、川中島にピクニックに出掛けるのだった。

 + + +

 当日、天気は良好、絶好のピクニック日和になった。
 二人でバスに揺られ、外の景色を見たり話をしたり。
 この人は四五〇年前のあの日約束したように、色々な話をしてくれる。まるで話しても話しても飽き足りないとでも言っているみたいに。
 そうしているとあっという間に川中島に着いた。
 あの『第四次川中島の戦い』の時三日もかけての行軍が何だか懐かしい。
 そういえば、この人と一緒に馬で帰ってきたこともあった。あの時、どうやってあんなに早く帰って来れたんだろう。
 川中島に着いて、所々見て回る。
 昔遠足で来た時は何とも思わなかったけど、今見ると感慨深い。
 現代に帰って一度は来たいと思っていたんだけど、一人では中々踏ん切りがつかず来ることが出来なかった。
「どうだ、満足か真奈」
「うん、ありがとう付き合ってくれて」
 分かってたんだ。
 私の気持ちに気付いてくれていた事が嬉しくて、自然と笑顔になる。
 そんな私の顔を、優しい笑顔を浮かべて見つめるこの人を見ると、嬉しいような切ないような、何だか不思議な気持ちになった。
「どうした?」
「別に、ただ……」
 幸せだな、って思う。
 けどそれは口には出さない。
「お腹すいてきたなぁって」
 代わりにそう告げると、彼は一瞬面食らったような顔をして、すぐに片笑みを浮かべた。
「相変わらず面白い女だな、お前は」
 面白いって、褒め言葉じゃないよ。
 そう言い返してやろうと思ったのに、余りにも幸せそうに笑うから、返す言葉が喉元で止まってしまう。
 私達はもう少し歩いて、川中島が一望できる場所でお弁当を広げた。
 観光地になってはいるものの、一面には田畑が広がり、田んぼには蓮華や白詰草、タンポポなどの春の草花が咲いている。
「……どう?」
 私の作ってきたお弁当を食べる彼を、息を殺すようにして見つめる。
 緊張の瞬間だ。
「まあまあだな、悪くは無い」
 その評価に私はガクンと項垂れた。
 今回、ちょっとは自信あったんだけどな。まあ、ちょっとだけだけど。
「だが、前よりは良くなって来ているな」
「ホントっ」
「ああ、俺はお前には嘘を吐かん」
 微妙な評価だけど、上達していると言われると嬉しい。
 よし、次も頑張ろう。
「人が食べているのを見ていないで、真奈お前も食べろ」
 そうして広げられたお弁当を見て、私は再び撃沈することになる。
「三つなの?」
 小ぶりの三角おにぎりが三つ、可愛い容器に入れてある。
 わあ、三角になってる。
 何だか段々芸が細かくなって来ている気がするような。
「そんなに沢山作っても食えないだろ、俺は食べないしな」
「食べればいいのに」
「俺は、真奈の作った弁当があれば十分だ」
 それは、内容的に?それとも他の意味もあるんだろうか。
 それを考えると何だが気恥ずかしくなってくる。
「だが、お前が『色々』と言っていたからな、三つとも中身は違うぞ」
「何が入っているの」
「これが鮭で、これが鶏のそぼろ、これが梅干だ」
 一瞬、ある光景が頭を過ぎり、それを確認する為に私は敢えて尋ねた。
「もしかして、鮭焼いたの?」
「ああ」
「鶏のそぼろも、作ったの?」
「そうだが」
「……………」
「どうした?」
 尋ねようか尋ねまいか迷っている私を覗き込んでくる。
「まさかとは思うけど、梅干、漬けたの?」
「三年物だ」
 わ、私のお弁当より、手が込んでいるんですけど……。
 おにぎり三つのお弁当に負けた気がして落ち込んでくる。
「どうした、食べないのか」
「食べるわよ」
 食べますよ、悔しいけど。
 そして更に悔しい事に、
「……美味しい」
 凄く美味しいのだ。
 ……もう私のお弁当なんて食べなくてもいいよ。
 悔しいのに、美味し過ぎて頬が緩んでくる。
 彼を見ると、凄く嬉しそうな顔をしてこちらを見ていた。
 ずっとそうやって見ていられたのかと思うと凄く恥ずかしくなってきて、半分くらいになっていたおにぎりをぱくぱくっと口に頬ばった。
「真奈」
 呼ばれて顔を上げると彼の手が私の左頬に伸びて来た、かと思うと不意に方向転換して右頬に触れる。
 何がしたいのかと様子を伺う私にそのまま近付いて来て、そして私の左口の端を唇の柔らかい感覚が触れ、離れていった。
「な、あ、あんたねぇ」
 いきなり、しかもこんな場所でと、混乱している私を見て、
「ご飯粒が付いていたぞ」
 彼はその白い髪を陽光に輝かせながら、悪戯めいた笑みを浮かべた。


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