結城夏野は国道を見据えている。
その国道は、この閉鎖された村を唯一外界へと繋ぐ。
(こんな村、出て行ってやる)
「そんなにこの村が嫌いか、夏野」
名前を呼ばれ、夏野は不機嫌も顕にその相手を振り返る。
「徹ちゃん。朝っぱらから名前で呼ぶの、止めてくれないか」
「夜ならいいのか」
「いや、そうじゃなくて。朝から呼ばれると、気が滅入る」
夏野は自分の女みたいな名前が嫌いだった。
だけとこの年上の友人は何度言っても自分の事を名前で呼ぶ。その内彼の家族まで名前で呼ぶようになってしまった。
それなのに、夏野は徹を嫌いにはならない。
それどころか、この村で親友と呼べるのは彼くらいだ。
「ははは、本当に夏野は自分の名前が嫌いなんだな。それで、この村も嫌い、と」
「何で、そうなるんだよ」
夏野は憮然として応えるが、徹は気にする様子も無く笑みを浮かべている。
「だって、そういう目をしていただろ」
「そういう目って、どんなだよ」
「うーん、そういう目」
ははっと笑い声を交えながら、徹は不貞腐れた夏野の目を指した。
夏野は溜息をつき、苦笑交じりに徹を見る。
「それじゃあ説明になってないだろ」
呆れた声で言いはするものの、不思議と嫌な気分はしない。
夏野は徹から目を離し、再び国道を、その先にある外を見る。
「……と…した…だけは、悪くはなかった、かな」
「ん?何」
「いや、何でもないよ。行こうぜ徹ちゃん、バスが来た」
「ああ」
二人で通学バスに乗り込み、後ろの方の席を取る。
「そうだ夏野、俺今度十八歳になったらすぐ、車の免許取ろう思うんだ」
「徹ちゃんが?取れるのか」
「酷いな」
夏野の物言いにしょぼくれて見せるが、実際はこれっぽっちも気にしていない。こんなものはいつのも遣り取りだ。
「そ、それでだな夏野。免許が取れたら、その……」
「……?なんだよ」
徹のはっきりしない物言いに夏野は首を傾げる。
「ド、ドライブに、誘いたいんだ」
夏野はこれでもかと言うほど嫌な顔をした。
「ごめん、徹ちゃん。俺そっちの趣味はないんだけど」
別に友人をドライブに誘う事自体は何てことない、普通の事だ。しかし徹の態度を見る限りでは、普通に友人をドライブに誘うのとは様子が違う。
ウジウジしているし、心なしか顔が紅潮している。
「俺だってないよっ」
声を抑えるのも忘れて夏野に反論したものだから、周囲の視線が一気に二人に注がれて居た堪れない思いをする事になった。
「徹ちゃん、声でかい」
「夏野がおかしな事を言うからだろ」
「おかしいのは徹ちゃんだろ」
今度は声を抑えてコソコソと話をするが、これはこれで実は不自然な事に二人は気付かない。
それでも一部を除き別段誰も気にはしない、そう一部を除いては。
夏野を密かに、かつ堂々と想っている清水恵は二人の会話に興味深々だし、夏野を嫌い徹を慕っている村迫正雄にとっては面白くない。
声のトーンを落とされ会話を盗み聞く事も出来なくなったので尚更だ。
だが夏野も徹もそんな事はお構いなしで会話を続けている。
「俺は、その、あれだ」
徹の様子から何かを感じ取った夏野は、ポンッと手を叩いた。
「ああそうか、徹ちゃん好きな子を誘おうとしてるんだろ」
「まあそうなんだけど、その、俺一人で誘いづらいというかだな。もし付き合ってくれたら夏野も乗せてやるからさ」
頼むと手を合わされると断るに断れない。
別に断る理由も見当たらないから構いはしないのだが。
「別に構わないけど、大丈夫なのか?」
「何が?」
「運転だよ、運転」
「うーん、これから教習所行くからな。行ってみない事には何とも」
カランと笑われ、夏野は嫌な予感がした。
「勘弁してくれよ、俺徹ちゃんに殺されたら死んでも死に切れないぜ」
「殺すって、酷いな……。大丈夫だって、俺ゲームとか得意だし」
「それとこれとじゃ全然違うだろ」
「そうかな」
「そうだって」
益々不安になってくる。
殺されるのもごめんだが、心中なんてのはもっとごめんだ。
(徹ちゃんに殺されても、恨めないだろ)
そうなってもきっと恨めない気がする、なんたって彼に悪気は一切無いのだろうから。
そうでなくとも彼は夏野がこの村で唯一心を許している相手だ。夏野のこの村での記憶は、彼なしでは語れない。
思い返せばこんな村での出来事でも、徹との思い出は楽しいもがほとんどだった。
『徹ちゃんと過した記憶だけは、悪くはなかった、かな』
夏野は徹と何気ない話しを続けながら、先刻ふと口を付いて出た言葉を思い出した。
―了―