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最後の一枚は君と
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そうして私は城へ向かう。
 ペーターはドアを使って城に行ったようだけど、私はどうしてもドアを使う気にはなれなかったから歩いて城を目指す。
 入れ違いにならないか不安だったが、
「あのウサギがそうすぐに戻ってくるものか」
 とビバルディのお墨付きがあるので大丈夫のはず。
とはいえ呆れるほどどうしようもないお墨付きだ。
塔から出て街中を歩いていると意外な人物を見かけた。
「ブラッド珍しいわね、こんな所でなにしているの」
「ああお嬢さんか、私が街を出歩くのがそんなに意外かな」
 別にブラッドが街中にいることが珍しいわけではない。
「いいえ、あなたがこの時間帯に活動していること自体が珍しいの」
 今の時間帯は昼。
 この男が最も嫌いとする時間帯だ。普段ならだるいといって部屋どころか寝床から一歩も出てこない時間帯と言ってもいい。
 その時間帯に起きて街中で買い物なんて、雨でも降るんじゃないかしら。
といってもこの世界で雨が降ることなんて滅多にないのだけど。
「そんなことはないさ、私だって時にはこうして出歩くこともある」
 しかも何だか機嫌がいい(良いと言っても悪くないという程度)。
 昼なのに機嫌のいいブラッドなんて、気味が悪いわ。
 だけどそれ以上に気になることがあったのでそちらから先に尋ねる。
「あなた一人なの」
「ああ」
「……大丈夫なの」
 マフィアの、権力者のトップが白昼堂々オープンカフェに一人で寛いでいるなんて、正気とは思えない。
「どこから狙われるかわからないのでしょ」
「おや、お嬢さんは私を心配してくれているのかな」
「当然でしょ」
 言い切るとブラッドは意外な物でも見るように目を丸くした。
「何よ、そんなに意外」
 ムッとして言い返す。
「ああ意外だとも、お嬢さんが素直な事がね」
(この男)
 余計に腹が立ってくる。
 心配なんてするんじゃなかったわ。
 イライラしている私を前にブラッドはクククと笑い言葉を続ける。
「しかしそうか、お嬢さんが私を心配してくれるとはね、そうかそうか」
(馬鹿にしてるの)
 益々腹が立ってくる。
 しかしブラッドの顔を見ていると怒る気が削がれた。
 この男には有り得ないほどの満足そうな笑顔だ。
「ねえブラッド、大丈夫」
 疲れてネジが何本か抜けかけている(もしくは抜けている)んじゃないかと心配になってくる。
「……お嬢さん、すまないがそういう目で見るのは止めてくれないか」
「そういう目って?」
 ブラッドが何を言いたいのかは分かってはいるけど、態ととぼけてみせる。
「そういう目だよ」
「別に哀れんでなんていないわよ」
「お嬢さん……」
 ペロッと舌を出すと、ブラッドの瞳が剣呑に煌いた。
 危害を加えられないことは分かっているが、それでも怖い。さすがはマフィアのボスだ。
「ちょっと、冗談だってば。怒らないでよ……」
 そういうと雰囲気が少し柔らかくなり、怒っているのではなくいじけているのだという事が分かる。
 そうだと分かれば怖いよりも呆れの方が上回る。
「そうだクッキー焼いたの、その紅茶に会うほど上等な物じゃないけど一枚どう?」
 まるで子供に言い聞かせているみたいになったけど、一応ブラッドの機嫌は良くなったみたい。
「お嬢さんの手作りか。ここの店は茶葉はいいのだが茶菓子が今一つだと思っていたところだ。調度いい、一つ頂こうか」
 素直に欲しいと言えないところがこの男らしいと言えばらしい言い方だ。
「はいどうぞ」
 そう言ってクッキーを一枚取り分ける。
「お嬢さんも一杯どうかな」
 ブラッドが言うと、まだ昼間なのでお断りします、と言いたくなる様な誘い文句だ。だけど中身は紅茶なので素直に席に着く。
 ペーターの事は気になるけど次の会合まではまだまだ時間があるし、こうなってしまえば少々遅くなっても同じことのような気がしてきた。
 ブラッドが誘ってくれるほどの紅茶にも興味があるし。
 私が席に着くとブラッドは店員を呼んで、
「彼女の同じ物を」
 紅茶をもう一杯注文する。
 程なくしてポットに入った紅茶と茶菓子が運ばれて来た。
 茶菓子はフルーツ入りのマフィンで紅茶と良くあっている。
(何が茶菓子は今一よ)
 やっぱり返して、と言いたくなるほど美味しいマフィンで、私の不恰好なクッキーが惨めに見えて来る。
 そしてブラッドが手ずから入れてくれた紅茶に手を伸ばす。
 もう一度言おう、ブラッドが手ずから入れてくれた紅茶だ。
 ここにはブラッドの使用人もいなければ店員がカップにまで注いでくれるようなお店ではないので自分で注ぐのは当然だが、まさかブラッドが注いでくれるとは思っていなかったので驚いてしまった。
 そのありがたくも貴重な紅茶を一口飲むと、思わず溜息が漏れた。
 それくらい美味しい紅茶なのだ。
 ブラッドが昼日中に居座るだけの事はある。
「凄く美味しいわね」
「そうだろ、ここは茶葉を売る店ではあるが、こうして外で飲むことも出来るんだ」
 喋っている内容の割に何処か憂鬱そうに見えるのは何故だろう。
「お茶菓子だって、美味しいじゃない」
 ちょっと恨めしげに言ってやる。
 その私の目の前でブラッドは私の上げたクッキーを食べている。
「不味いとは言っていない。ただ私の好みではないというだけの話だ。私は紅茶だけでもいいのだが、一緒に食べるのならこういったシンプルな物の方が好きなのだよ。その方が紅茶の味が生きるんだ。お嬢さんのこの焼き菓子は、そういった意味では最高のお茶菓子と言える」
 紅茶に一方ならない拘りのあるブラッドが言うのだから、これは最大の賛辞と言ってもいいのだろうけど、捻くれている私は素直に受け取る事ができない。
「つまり紅茶の受けとしては最高だけど、お菓子として食べるには物足りないって事ね」
「紅茶にはこれ以上無いと言う程合うんだ、何の問題もない。だいたい菓子などは紅茶に合うという以上に必要な要素は無いと思うのだがね」
「それはあなただけでしょ」
 そこまで言われると今度は照れてしまって皮肉を言ってしまう。
 素直になれないのはこういう時に損をする。
「私がそれでいいのだからそれでいいのだよ、お嬢さん」
「……まあ、褒め言葉として受け取っておくわ」
「ああ、そうしておきなさい」
 満足そうに言うが、やはり何処か気だるげだ。
(お昼だからかしら)
 そういえばどうしてお昼に外に出たりしたのかしら。
 疑問に感じて尋ねてみる。
「この店は昼の時間帯しかやっていないという、信じられない店なんだ。これでいい茶葉を扱っていなければとっくに潰しているところさ」
 この男が言うと冗談では済まされないので恐ろしい。
「だったら誰かに買いに来させれば良かったじゃない」
「部屋を出た時は気分が良かったんだ。それに塔には私の舌を満足させてくれる紅茶が無いからな、昼も耐え難いが紅茶が飲めないのも耐え難い」
 それで出て来たのはいいが、ここまで来て途中で動くのが面倒になってしまったということらしい。
「へえ」
 本当に、呆れてしまう程、何処までも彼らしい理由だった。
「それであなたは時間帯が変わるまでここでこうしているつもりなの」
「ああ、紅茶は美味いし……、歩くのもだるい」
 本音は後半部分だろう。それを紅茶で紛らわしているというのが真実、だと思う。
「そう、じゃあ私はそろそろ行くわね」
「つれないお嬢さんだ」
 だるそうに言う言葉が本気ではない事を分かっているので、私も軽く返す。
「悪いけど、私はそこまで暇じゃあないの」
「おやおや、ふられてしまったようだな」
「また今度ね」
「ああ、今度は屋敷のお茶会に招待しよう」
 そう言うブラッドに手を振って、私は城を目指すべく森の小路を目指した。

 + + +

 街の外れに差し掛かったときその人は道無き道から湧いて出た。
「ぎゃあっ」
 いきなり草むらを割って出てくるものだから、思わず淑女としてあるまじき悲鳴を上げてしまった。
「酷いな、そんなに驚く事は無いだろ、ははは」
「こんな所から急に飛び出されたら誰だって驚くわよ」
 暢気に笑う騎士に向かってそう告げる。
「そんなことより、あなた何でこんな所にいるの」
「何でって、どうして?」
「だって、ビバルディに呼ばれていたはずでしょ」
 エースが来ないと苛立っていた女王様を思い出す。
 こんな所にいるのだからいくら塔で待っていても来ないはずだ。
「凄いなよく知ってるなぁ。あ、もしかして陛下に何か言われた」
「ええ、塔を出る前に会ったわ。あなたを見かけたら早く来るようにって」
「ははは、それは相当怒ってそうだな。怖いから行くのよそうかな」
「行きなさいよ」
「ちぇ、アリスは手厳しいぜ」
 カラリと笑いながら言われても全く懲りているように思えない。実際懲りてはいないのだろうけど。
 だいたい塔の中で声を掛けられたのに何で塔から出ているのか、そのこと事態が謎だ。それを尋ねると、
「中をぐるぐる回るより一旦外に出たほうが分かりやすいと思ったんだよ」
「そんなわけないでしょ」
「えー、そうかな」
「そうよ。目的地も塔の中なんだから、塔内を移動した方が早いに決まってるでしょ」
 実際は外を回った方が早い場所もあるが、この騎士に関しては塔内を進んだ方が確実だ。塔内だったら親切なオレンジ色のウサギさんが道を教えてくれる可能性だってあるんだし。
「えー、そうかなぁ」
 それなのにエースは納得いかない様子で頭を掻いている。
「……とにかく、この道を真直ぐ行ったら塔だから、取り敢えず塔まで帰りなさいよ。いい、脇道に逸れたりしたら駄目だからね、絶対に真直ぐ進むのよ」
 目の前に伸びる大通りを指してそう教えるが、真直ぐにたどり着いた試しのないのがこの男だ。
いつもならこの後すぐに「わかった、ありがとうアリス」そう言って正反対の道を進むはずなのに、今はその場に立ち止まる。
「どうしたの?」
 じっと見つめられ居心地が悪くなる。
「いや、何かお腹すいたなぁって思ってさ」
(野生の勘っ)
 思わずビクリとしてしまう。
「お腹が空いてぼーとするなんて俺も不甲斐ないぜ、ははは」
 私が食べ物を持っているなんて知らないはずなのに、その言動が確信犯めいて聞こえるのは私の被害妄想だろうか。
 そう思いはするものの、目の前でお腹空いたを連呼されると放っておくわけにもいかず、
「これ、食べる?」
 ついクッキーを差し出してしまった。
「これ、クッキー?」
「そう、先刻焼いたの」
「君が作ったのか?」
「そうよ、だから味の保障は無いけどね」
「ん、大丈夫。俺今だったら陛下が持ち歩いてるネコ缶だって食べれるくらいお腹減ってるから、どんな味だって平気だぜ」
(この男は……)
 腹が立つから引き上げようかと思ったら袋を持っていた腕ごと捕まって、そしてバクバクと一気に食べだれてしまった。
「ちょっと食べすぎよ、無くなっちゃうじゃない」
 慌てて反対の手で袋を確保するが、既に三枚も食べられた後だった。
「え、ああ、ごめんね。お腹空いていたからついさ。でも言うほど悪い味じゃなかったし……」
(言うほど、悪い味じゃなかった、ね)
 三枚も食べておいてのその言い草に腹が立ち、思いっきり睨みつけてやる。
「どうしたんだアリス、怖い顔しちゃって。ああ、悪い味じゃ無かったって表現が悪かったのかな。
ごめんごめんちゃんと言い直すよ、美味しかったぜ」
「そう、それならよかったわ」
 口調が冷たくなるが気にせず続ける。
「これでビバルディの所までちゃんと行けるわね」
「ああ、任せてくれよ。道も教えてもらったことだし、ばっちりだぜ。じゃあなアリス、クッキーありがとう」
 私の皮肉をさらっとかわし、爽やかにそう宣ってハートの騎士は去っていった。
「ちょっと、エース真直ぐよ真直ぐ。その道入っても近道にはならないから」
 え、そうなのか、と本気で驚いた顔をする彼の前途は、まだまだ多難そうだ。

 + + +

 そうして城へと続く森の小路へ入る、この道を行けばお城まであと少しだ。
 引越しによって少し地形が変わってしまったけど、この道も大分通いなれてしまった。
 それでもこの道を通るといなくなってしまった人の事を思い出す。
(元気にしているかしら)
 それぞれの場所で元気に暮らしているのだと聞いて安心はしたが、それでも時々気になってしまう。
 そして別れがある代わりに新たな出会いもあった。
 クローバーの塔のグレイもその一人だが、あともう一人(一匹)元気のいいネズミさんがいる。
 そのネズミが目の前の道を猛スピードで駆けて来た。
「びやああああああああああああ〜〜〜〜」
 悲鳴に近い雄叫びを上げて駆けて来るネズミの後ろを、
「にゃははははは、待て待て待て待て待て〜〜〜〜〜」
 と楽しそうに追いかけているピンク色の猫。
 よくもまあ飽きないなと思うほど繰り返される光景は見る側からすればコミカルだが、本人(特に追われる側)にしてみれば死に物狂いだ。
「あ、あ、あ、アリス、助けて〜〜〜。にゃんこが、にゃんこが襲ってくる。にゃんこ、にゃんこ怖い、にゃんこ怖いよ〜」
「え、ちょっと、ピアス」
 私を見つけたピアスは私を盾にしてボリスから隠れようとするけど、男の子が隠れることが出来るほど私は大きくない。
 当然すぐにボリスに見つかってしまうのだけど、
「ピアス、アリスに庇って貰ってんじゃねえよ」
 私を盾にするという目的はちゃんと達成されているみたいだ。
「し、仕方ないよ、だって俺ネズミだし、ネズミはにゃんこから逃げる生き物なんだから、だからにゃんこから逃げる為ならなんだってするのは仕方ないよ。アリスはネズミにだって優しい女の子だから許してくれるよね、ね、ね」
 そんなに必死になって懇願されたら無下に断ることなんて出来ない。
「なんだよアリス、あんたネズミなんかの味方するのか」
「えっと、味方というか……」
「ぴっ。味方だよね、アリス俺の味方してくれるよね。アリスは優しい女の子だもん、にゃんこの前にネズミを突き出すような残酷な真似したりしないよね」
 ピアスは戸惑う私に必死にしがみついてくるが、ネズミといえど大きな男の子だ、そんなものに必死にしがみつかれたら苦しくなってくる。
「あのねピアス」
「えっと、何?」
「放してくれないかしら」
「ぴっ。やっぱりアリスもネズミ嫌い、ネズミ嫌いなの。俺汚いネズミだから、アリスにも嫌われてるの」
(ああ、うざい)
 確かにネズミは好きではないけど、だからといってピアスが嫌いかといえば嫌いではない。だけどこういう反応は正直言って「うざい」と思ってしまう。
 更に今の私はクッキーを持っているわけで、あまり強くしがみつかれるとクッキーが割れてしまう可能性がある。
「別に嫌ってはいないけど……」
 一応そう前置きをして、
「離れなさいって言ってるのよっ」
 必死にしがみついていた大きなネズミを無常にも蹴り倒した。
「ぴっ、酷い。いくらなんでも蹴り倒すなんて、アリスは酷い女の子だったんだね」
 優しい女の子と言ってみたり、酷い女の子と言ってみたり、忙しいネズミさんだ。
 私は自分の事を優しい女の子だとはこれっぽっちも思っていないけど、だけど女の子に許しも無くしがみついてきた輩を蹴り倒したからといって、酷い呼ばわりされるのは釈然としない。
「ほらな、アリスだってネズミは嫌いなんだって」
「び、びぇ〜」
 ボリスに追い討ちをかけられピアスは半泣き状態になってしまった。
 つつけばつつくだけ反応が返ってくるピアスはとても弄りがいのある存在ではあるけど、だからといって虐められているのを見て一緒になって虐めてやろうとまでは思わない。
「ボリス余りピアスを虐めちゃダメよ」
「えー、そんな事言ったってさ、こいつネズミだぜ」
「ネズミだって虐めていいって訳じゃないでしょ」
「いいんだよ、ネズミは虐めていいようになってるの。それにアリスだっていま蹴り飛ばしてたぜ」
 それを指摘されると弱いけど、それにはちゃんとした事情という物がある。
「それは、ピアスが中々放してくれなかったからよ」
「だってさピアス、やっぱりネズミになんか抱き付かれたくないんだって」
 ネズミにというか、異性に抱きつかれて平然としているのは年頃の女としてはどうなのかという話なんだけど。
 それは言っても通じなさそうだ。
 とはいえ「びーびー」泣いているピアスを放っておくわけにもいかず、私は仕方なくクッキーを取り出した。
「ごめんね、ピアス。ピアスを突き飛ばした(蹴り倒した)のはピアスが嫌いとかそういうのじゃなくて、これがあったからなの」
 残りの少なくなった手作りクッキーを見せると、泣いていたピアスがぴたりと泣き止んだ。
「なんだ、そうだったんだ。そうだよね、折角のクッキーが壊れちゃ大変だもんね」
 クッキー如きで人を蹴り倒すのもどうなんだと思わなくも無いが、本人がそれで納得したのでいいということにしておく。
 そして蹴り倒されたにも関わらず、
「なんだ、よかった。俺嫌われてたわけじゃなかったんだ。そっか、ごめんね。クッキー大丈夫だった」
 喜んで謝った挙句、クッキーの心配までしてくれた。
 いい子なんだけど、大丈夫なのかと不安になる。
 そしてピアスの目がクッキーに釘付けとなり、キラキラと輝きだした。
「ねえ、これアリスが作ったの。アリスのクッキー?」
「ええ、そうよ」
「うわぁ、凄いな、凄いね。こんなの作れるなんてやっぱりアリスは女の子なんだね」
 女の子だからお菓子が作れるという発想もどうなのかと思うけど、やっぱり女の子という表現も微妙だ。
「へえ、アリスの手作りクッキーか、美味そうだな。ねえねえ、一枚貰っていい」
 隣から猫撫で声で言いながらボリスが覗き込んでくる。
 舌なめずりまでしているその様子から、上げないと放してくれないだろう事が容易にわかる。
「ええ、いいわよ。でも残りが少ないから一枚だけね」
「やったー」
 袋から一枚クッキーを取り出してボリスに渡すと、ボリスは少し離れたところまで持って行く。ネコの習性という奴なのかもしれない。
 その一連の行動を見ていたピアスが物欲しそうに私を眺める。
「ピアスも、一枚どうぞ」
 ボリスに上げてピアスに上げないという訳にもいかず、私は渋々袋からクッキーを取り出してピアスに渡す。
「えっ、いいの?わーい、クッキークッキー手作りクッキー、アリスがくれた手作りクッキー。ありがとう、君って本当に優しい女の子だね」
「えー、別にネズミなんかにやる必要無いのに」
 何時の間にか戻ってきて小躍りしているピアスを眺めながらボリスはそう言うが、ここまで嬉しそうにしているピアスを前にして返して貰う訳にもいかない。
「あー、なんかさ、中途半端に物入れると余計お腹って空くんだよね」
 自分のクッキーを食べ終わったボリスが、未だにムシャムシャとクッキーを頬張っているネズミに視線を向ける。
 手には御馴染のフォークとナイフ。
「ぴっ」
 ピアスは口の周りに食べ粕を付けたまま飛び上がると、脱兎の如く森を駆け抜けて行き、ボリスもその後を追っていなくなってしまった。
 急に静かになった森の中で一息いて、ついでに溜息も落ちる。
 よくよく見てみれば、手元に残ったクッキーは残り一枚きりになっていた。
(ペーターと一緒に食べようと思っていたのに)
 これでは一緒に食べる事は出来そうにない。
 でもここまで来たんだし、一緒に食べる事は出来なくても食べて貰う事くらいは出来るものね。
 気を取り直して一路、私はお城を目指して歩き始めた。

 + + +
 漸くお城に辿り着くと、
「どうしたんですか」
 顔馴染の兵士が声を掛けてくれた。
「ペーターが帰って来てるって聞いたんだけど」
「ホワイト卿でしたら城内に向かわれましたので、執務室ではないでしょうか」
「そうなんだ、ありがとう」
 兵士にお礼を述べて城内に向かう。
 そして教えられた場所に辿り着く前に目的の人物に出会うことが出来た。
「アリス、一体どうしたんですか。もしかして忘れ物ですか、それでしたら誰かに言って取りに来させれば良かったのに」
 私を確認するなり飛び跳ねるようにして近付いて来たペーターは、私の返事を待つ事なくそう続けた。
 ペーターを探してここまで来たなんて事をこのウサギは考えもしないようだ。
「忘れ物じゃないわ」
「じゃあ、城に何の用なんですか」
「別にお城に用があったわけでも無いの」
 そこまで言ってもなおこのウサギさんは首を傾げる。
 いつもだったら変な電波をキャッチして自分の都合のいいように解釈するはずの頭が、今に限って働かないらしい。
「あなたを探していたら、ここだって聞いたから」
「……態々会いに来てくれたんですか」
「迷惑だったかしら」
 唖然とするペーターそう尋ねる。
 返ってくる言葉が予想出来るからこそ言える台詞だ。そうじゃなければ小心者の私にこんな質問が出来るはずがない。
「とんでもありません。あなたが僕に会うためだけにここまで来てくださるなんて、僕は感動しました。ああ、幸せすぎて言葉になりません」
 赤い目をキラキラさせて飛びついてくるそのウサギを、
「待った」
 片手を突き出して制する。
「えー、折角愛する貴女が態々会いに着てくれたというのに、ここまで来て焦らすなんて酷いです。それとも、今はそういうプレイなんですか?」
「違う」
 そういうプレイもこういうプレイもない。
 そこははっきりと否定しておく。
「じゃあ何だというのですか、意地悪しないで教えてください」
「これよ、これを渡そうと思って来たの。途中でちょっとあって、残り一枚になっちゃったけど」
 紙袋ごと袋に入ったクッキーをペーターに手渡した。
 中身を確認するとペーターの耳がピクリと動く。
「これはもしや、アリスの手作りとか……」
「ええ、そのまさかよ」
「色々あったって……、誰です」
 喜んでくれると思っていたのに、その声が冷たいもに変わる。
「誰って……」
「僕のクッキーを食べた不届き者です、一体それは誰なんですか」
 不穏な響きに言葉を詰まらせてしまう。
「それを知って、どうしようっていうの」
「もちろん、殺します」
「だったら教えないわ」
 サラッと言われ、サラッと返す。
「では仕方がありません、自分で探し出して」
「駄目よ、そんな事したら二度と作って上げないからね」
「そんな、だって僕のクッキーを食べたんですよ、しかも貴女の手作りを。そんなの許せるはず無いじゃないですか」
「だけど勝手に食べた訳じゃないのよ」
 興奮気味のペーターにそう告げると、ピタリと動きを止めて私を見る。
「沢山あると思って、私が上げちゃったの」
 ごめんなさい、と謝るとペーターの耳がくたんと垂れて、見るからに落ち込んでいる様子が分かる。
「貴女が、そうしたのでしたら、仕方がありません」
 紙袋を両手で持ち、たった一枚になった中身を見て項垂れている。
 そんなに落ち込まれると何とかしてあげないと、という気持ちになってしまう。
「今度また作るから、そうしたら今度こそ一緒に食べましょ」
 ペーターの方がピクリと動き、そろっと首か持ち上がる。
「今度こそ?」
「そう、今度こそ全部上げるから、ね」
「いいえ、そうではなくて。その、全部もらえるというのは勿論嬉しいのですが、それより今、今度こそ一緒に食べようって言いませんでしたか」
「え、ええ、そうね。本当はあなたと一緒に食べようと思っていたから」
 そう伝えるとペーターは袋の中身と私を見比べて、再び耳をくたんと垂らす。
「これは、頂けません」
 思わぬ申し出に驚いてしまう。
「え、何で。別に変なものは入れてないわよ」
 潔癖なウサギの事だから、また黴菌だの何だのと言い出すのかと思ったけど、
「貴女がくれたものなら、それが例え毒であっても食べ切って見せます」
 この度はどうやら違うらしい。
 それ以前に毒なんか入れたりしない、やはりどこかずれているウサギさんだ。
「じゃあ何で?」
 両手で持った袋を私に差し出したまま、ペーターは真剣な表情で訴えてくる。
「僕がこれを受け取ったら、貴女の分が無くなってしまいます」
 まさかの発言に少しだけ感動してしまった。
 いつでも何処でも私の事を考えてくれるウサギさんは、しかしいつでも空回りをしてしまう。
「いいのよ、私はもうお味見したし」
 さすがにビバルディと一緒にお茶会をしましたとは言うことが出来ない。
「それに元はと言えば、会合中は人が多くてペーターが疲れ気味だったから、静かな所で甘いものでも一緒に食べようと思って作ったんだもの。あなたに食べて貰わなかったら意味が無いわ」
 押し返された紙袋を再びその手に押し付ける。
「アリス……、貴女はなんて優しい人なんでしょう。僕は、僕は幸せです。この幸せを一体どう表していいのか、ねえアリス、どうしたらいいとお思いますか」
「別にどうもしなくていいわよ」
 他人の幸せなんて、見せびらかされた方もいい迷惑だ。
何といってもあれほど鬱陶しいものはない。
「ええー、それでは僕の気が収まりません」
 どちらかといえば余計な事をしないでくれるのが一番なんだけど。
「そんなことより、ゆっくりできる所に行きましょ」
 何だか疲れた。
 そう伝えるとペーターは「そんなことでいいのなら」と頷いた。
「はい、わかりました。それでは僕の部屋に行きましょう。それともアリスのお部屋の方が落ち着けますか」
「どっちでもいいわ」
 ペーターの部屋も私の部屋も、目がチカチカするかどうか位の差でそう大した違いは無い。今ではそれも慣れてしまった。
「それでは僕の部屋に行きましょう、美味しい紅茶をご馳走します」
「いいわね、行きましょ」
 この時間帯はもう二回もお茶を飲んだ、それも特に紅茶にうるさい二台巨頭といえる人物と。その二人と比較すればお茶自体の格は落ちるだろうけど、それでもペーターと飲む紅茶は私にとっては格別だ。
 美味しい食事は何を食べるかではなく誰と食べるかだと言った人がいたけど、それもあながち間違いではないと思う。
 部屋に入るとペーターがお茶を用意してくれた。
 外ではメイドにやらせることもここでは彼がしてくれる事が多い。勿論私がやることもあるけど、ペーターは何かとやりたがるのだ。
 今だって、
「アリスは疲れているんですからそこで待っていてください」
 私をソファーに残していそいそとお茶の準備をしてくれている。
「どうぞ」
 ボーっとしている私の前に湯気と共に花のような香り立ち昇るカップを置く。
 そしてその横には半分に割られたクッキーが添えられていた。
「これ、私のクッキー?」
「はい、アリスが二人で食べたかったと言っていましたので、こうして二人で食べられるように分けたんです。大丈夫ですよ、調度半分に分けたので大きさはどちらも同じはずです」
 だから心配しないで下さいという顔は誇らしげだ。
全部食べても良かったのに。
「私の為に?」
「はい、僕は貴女が望むことなら何だって叶えて差し上げたいんです。それに僕も、貴女と一緒に食べたいと思いましたので」
 そう言ってペーターは、それが最上の至福であるかのように微笑んだ。
 色々あってクッキーは一枚きりになってしまったけれど、この笑顔だけでここまで来て良かったと思ってしまう。
 最後の一枚だからこそ味わえた幸せ、こういうのもたまになら悪くない。
 あくまでたまになら、ではあるけれど。

FIN.

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