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南の森の封印の魔女
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「えっと、森の主さん?」
 何と呼んでいいのか分からないがパルマもそう言って痛し、取り敢えずそう呼ぶしかない。
「はい」
 呼ばれた森の主は少し申し訳ないようすで笑った。
「ごめんなさいね、あなたを騙した形になってしまって」
 アシルは「ん〜」と頭を捻るとからりと笑った。
「いいよ。別に嫌な騙され方じゃなかったし。それに助けてくれたのはかわらないから」
 マールの時も、森で迷った時も助けてくれた。それなのにきちんとお礼を言っていなかったことを思い出し、アシルは立ち止まった。
 付いて来ないアシルを訝り森の主は後ろを振り返ってアシルを見る。
 アシルは森の主を見つめると、
「あの時はマールを助けてくれてありがとうございました。後、朝道を教えてくれたことも」
「もうお礼は言って頂いたから、そう何度も言わなくても大丈夫よ」
「けどオレ、あなたのことパルマさんだと思ってて、あなたにお礼を言ってなかったから」
 森の主はこの少年のことを「やはり真面目でいい子だ」そう評価した。いい子は好きだと、森の主は思う。そして森の事も好きになってくれたらいいと思う。
「あなたが森を気に入ってくれたみたいで、よかったわ」
 好いてくれているという確信はあったけれど、そう言ったのは確かめる意味も含まれていた。
「うん、好きだよ。初めは怖かったけど、今はちっとも怖くないし」
 アシルが最初森へ入ったときにはまだ森の主の警戒が強かったため侵入者に対して拒絶反応のような力が働いていた。しかしアシルが森の主と封印の魔女に認められた今、少なくともアシルに対してはそのような反応は無くなっていた。
「それに、貴女もパルマも村を守ってくれていたんだよね」
 森の主を見上げると、主は驚いたように目を丸くしていた。
 こんな人間臭い顔もするんだと思うとより一層親しみが沸いてきて、それがとっても凄い発見をしたような気分になり自然に笑みが浮かんできた。
「何を笑っているの?」
「何かさ、嬉しいなと思って」
「嬉しい?」
 うん、とアシルは頷いて、
「すっごい友達が出来た感じ」
「友達?そうね、パルマの所には今セイラが来ているのだったわね」
 少し考えた森の主の出した答えに、アシルは少しだけ落胆して溜息を吐いた。誰にも気づかれないくらい小さなものだったが、森の主の耳にはしっかりと届いたようで、
「どうしました?疲れましたか?」
 心配する顔を覗かせた。
 もしかしたら歩く速度が速かったのかもしれないと、人間の子供と一緒に歩くことなんて本当に久しぶりなことだったから加減が分からなかったのかと。
 そういう思いを敏感に感じ取ったアシルはすぐさま首を横に振る。
「別に疲れてなんてないよ。畑仕事の手伝いの方がよほど大変だもん」
 そうじゃなくてさ、とアシルは森の主を見る。
「確かにセイラとも友達になれたと思うよ、でもオレの言ってるのはセイラだけじゃなくて」
 森の主に対してこれを言うのは不遜だとかそういうことは思わなかったが、本人を前に直接この言葉を言うことには恥ずかしさを感じ、どうしたものかと躊躇いを見せる。
 そうこうしている間に再び森の主がおかしな勘違いをしてしまいそうなので、小さな深呼吸を一つしてアシルは腹を括った。
「あなたの事も、友達になれたと思ったんだけど」
 それとも森の主には友人という感覚はないだろうかと、再び目を丸くする主を見ながら少しだけ不安になった。
 不安を感じているアシルを余所に、森の主は肩を振るわせてクツクツと笑い出した。
「は?へ?」
 突然のことに戸惑うアシルを見て、森の主は本格的に笑い始めた。
「な、どうして笑うんだよ。オレは別に笑わすようなこと言ってないぜ」
 理由はわからないが自分の発言に対して森の主が笑っていることだけはわかるので、アシルは顔を真っ赤にして森の主に抗議をするが、それでも彼女は笑っていた。
 愉快で愉快でたまらない。何せ森の主に対して臆することなく、躊躇うことなく、友人であると述べたのだ。パルマでさえ自分を友人として見るように成るには数年の歳月を要したというのに。
 魔女としての知識が無い分自分の存在を素直に受け入れられたということなのだろうが、そうであっても破格の度胸だ。
 そう言えば、一番最初に森の前で会ったときも、禁忌と呼ばれる森に大して恐れるふうもなく足を踏み入れようとしていた。それなり事情と覚悟があったにしても、やはり尋常ではない度胸を持っている。
 ただの考え無しなのかそれとも大物なのかは計りかねるが、どちらにしても面白い。面白くて好ましい。
「そうね、ごめんなさい」
 笑ったのはアシルを馬鹿にしたからではないのだけど、アシルが笑われたことに拗ねてしまったので森の主は素直に詫びの言葉を口にした。しかし表情が笑っていては意味がなく、アシルはその後も暫くふてくされた顔をしていた。
「オレは、本当にそう思ったんだ」
 暫く無言のまま森を歩いていたアシルが、消え入りそうな声で呟いた。森の主が笑った真意など知る由もないアシルにとっては、少なからずショックなことだった。
 その様子に森の主は明らかに狼狽した。今まで付き合いがあった人間といえば森の魔女だけだったから、自分の言動がここまで影響を与えたことが無かったのだ。
 言葉を選ぶという事は存外難しいし、自分の思っている事を正確に相手に伝えるとなると尚更難しい。
(さぼってきたつもりは無いのだけれど……)
 さぼるも何もその機会さえこの百年近く無かったのだが、魔女が相手だからとそういう事を深く考えなかったのは、やはりさぼっていたという事になるのだろうか。
「アシル、私はね」
 自分はこの少年に何を伝えたいのだううか、考えながら言葉にしていく。
「今まで魔女以外と関わりを持った事が無かったの」
 紡ぐ言葉を待っている少年の目は傷付けた筈なのに優しく、森の主に言葉の続きをくれる。
「だから驚いたわ、まさが森の主であり、森自体である私に対してそんな事を思ってくれていたなんて想像もしていなかったから」
 驚いたから笑う、そういう感覚がこの少年に伝わるだろうかと、森の主は少し不安になった。
(そんなの私だって知らなかったもの)
「あー、うん、何か分かるかも」
 だからアシルがあまりにもあっさりと頷いたのを見て、森の主は微かに動揺した。
 想定外の事が多過ぎる。
「びっくりするとさ、何か笑える事ってあるよな」
「そうね、本当にそうなのよ」
 びっくりしたわと森の主が呟くと、
「森の主って何でも知ってるのかと思えば、そうでもないんだな」
 アシルはニヤリと笑った。
 意地の悪い笑みではあったが、不思議と嫌な気分にはならないのはアシルから悪意を感じないからだ。
「そうね、でもこの森の中の事なら何でも知っているわ」
 何を張り合っているのだろう。
 らしくない、子供っぽい言い方をした。
「美味しい木の実のある所も?」
「ええ」
「飲める水がある所も?」
「そうね、知っているわ」
「じゃあさ、いい狩場も知ってるの?」
 これには少しだけ間が空いた。
 森の魔女たちも肉は必要としたから森から動物を獲る事はあったが、それは罠によるものがほとんどだった。そのため狩りというものに馴染みが無い。
(狩りが出来る場所?)
「動物がたくさんいる場所なら知ってるけど」
 この間子鹿の生まれた場所やウサギの巣穴、それだけではなく狼や熊などの危険な動物がいる場所も知っている。
「いい釣り場なら…」
 森の主は言いかけた言葉を飲み込んだ。
 アシルの目がキラキラと輝いている。どうやらアシルは獲猟よりも釣りの方が好きなようで、好きと言うより大好きで、その目もキラキラと言うよりギラギラとしている。
「こ、今度、教しえてあげるわね」
 顔を引き攣らせた森の主の様子にはお構い無しに、アシルは「約束だからな」「絶対なっ」と念を押してくる。釣り場の一つでここれ程までに瞳を輝かせ、その目に尊敬の思いまで込められると何だか居たたまれない。それでもアシルの様子を見ていると嬉しくなってしまうのだ。
 こういうのを友人と呼ぶのか、と森の主はまた一つ人間について知った気がした。
 その後も取り留めのない会話をしながら歩いていた二人だったが、アシルが今気付いたと言わんばかりに歩みを止めて森の主を見た。
 どうしたのだろうかと見返す森の主に、アシルは口籠もった。
 昨年も会っているがあれは数に入れなくてもいいと思う。だが今日はもう会って随分経つし結構話しだってした。結局森の主がどう思っているのかは分からなかったが、アシル自身はもう友人だと思っている。そう、それが問題だとも言える。
 今更なのだ。友人だと思っている相手、その相手にもそうで思っていると告げてしまっている、それなのに。
(名前訊いてなかったとか)
 今更過ぎて尋ね辛い。
「えっとさ、オレの名前、アシルって言うんだ。アシル=ビルソン」
 いきなりのことに森の主は首を傾げた。
「ビルの息子のアシルね」
「うん、正確にはビルの孫なんだけどさ」
 父の代に苗字をそう登録したらしい。
「貴女は?」
 自然に聞けた、そう思ったが相変わらず森の主は首を傾げている。
「森の主は名前じゃないだろ?」
「ええ、そうね」
 呟いて、森の主は困ってしまった。
 名前なんてそんなこと今まで考えたことが無かったからだ。聞かれたことさえない気がする。
 森の魔女にとっての彼女は森の主で、マスターだった。だからマスターと呼べば事足りるし、そう呼び継がれて来ている魔女たちにとってはそれが当たり前だった。
「私は森そのもののようなものだから、森の名前が私の名前になると思うのだけど」
「南の森」
「名前っぽくないかしら?」
「あまり名前って感じじゃ、ないよね」
 聞いたアシルも困ってしまう、いっそ聞かなかった方がよかっただろうか。
(あ、そう言えば)
 昔祖母から聞いた森の物語に他の呼び名があった気がした。
「ばあちゃんがさ、言ってたんだ」
 すぐ思い出すから少し待っててと、アシルは必死で昔の事をおもいだそうとした。マールは良く祖母の話を聞いていたが、おとなしくしているのが苦手だったアシルはその内容を詳しく覚えていなかった。それでも魔法とか冒険の話は面白かったので何となく覚えている。確か南の森がでてくるのもその類の話だったはずだ。
ベネフカ、メリデスよくわからない言葉が度々出てきた、「シルヴァって」マールが祖母に尋ねていたのを聞くともなしに聞いていた。
「シルヴァ。そうだ、婆ちゃんは森の事をシルヴァって言ってた」
 シルヴァ、そう森の事だ。昔の言葉、今では物語の中でしか紡がれないその言葉で、森はシルヴァ場所によってはシルワとも発音する。
 お伽噺に出てくる森の国、シルヴァニアは一昔前までは人気の物語の一つだった。
 だから確かにシルヴァは森だけど森の名前ではないのだと、教えるべきかどうか森の主は迷っていた。
「だからさ、シルビアってのはどうかな?」
「えっ?」
 悩んでいた森の主は一瞬何の事なのか理解出来なかった。
「名前だよ。森の主っていうのは名前じゃないし、いくらか主だからって森に付けられた名前そのままじゃさ。だからシルビアってのはどうかと思って……いや、その」
 森の主に勝手に名前を付けちゃ駄目だったかもしれない、そう思い至ってアシルは何とか言い繕おうとするが、
「ほら、あだ名だよ、あだ名。もしくは呼び名、みたいなやつ」
 因みに自分はシエとかエースとか呼ばれるとか、本名よりあだ名の方が長い奴がいるとか、何が何だかよくわからない話になってしまった。
 アシルが何を焦っているのかは分からなかったが、その様子が新鮮で面白くて可愛くて、森の主は微笑みをうかべた。
「シルビア、いい名前ね。でも少し可愛すぎないかしら?」
 そう言って森の主は首を傾げる。例によって左手の掌に右肘の乗せ傾げた頬に右掌を軽く添えるというあの格好で。
 姿形は老婆のそれだが、彼女がするととても可愛らしく映る。
「俺は似合うと思うけど」
 大体昔は可愛い女の子だった世のシルビアも、年齢を経れば皆年を取っていくのだ。その度に雰囲気に合わないといって改名など出来ないのだから、気にすることは無いと思う。
「そうかしら」
 そう言って森の主はクスクスと笑い声を零した。
「何か可笑しかったかなぁ」
 首を傾げるアシルに森の主は「いいえ」と言って首を振る。
「何だかくすぐったくて」
 森の主の言うくすぐったいが物質的なものを指すのではない事くらいアシルにも理解できた。ただ何となく嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちになる事がある。
「いいじゃん、シルビア」
 自分が言い出したのだから自画自賛なのだが、アシルはこの名前が気に入っていた。森の主によく似合うと思う。
「そうね、いいわね」
 元々が森なのだから自身に名前の必要性など感じた事の無かった森の主だったが、言われてみるととても大事な物のような気がしてくる。まるで宝物を貰ったみたいだ。
「でも」
 それと同時に少し寂しくなる。
「誰も呼ばないわ」
「俺が呼ぶよ。森に来た奴がもし貴女にあったらそう紹介する」
「来るかしら」
(貴方は、本当に来てくれるかしら)
 実を言うと、森の主にとって他の人間の事は大して重要ではなかった。ただ森から出て日常に戻ったアシルが果たして再び森の奥に住む自分やパルマの所へ来てくれるのだろうか、その事だけが気掛かりだった。
「来るよ、少なくとも俺は来る。だって未来の森の魔法使いだからな」
「そう、未来の魔法使い」
 アシルが森の魔法使い、それはとでもいい事のような気がした。心がジワジワと温かくなる。
「では未来の森の魔法使いアシル=ビルソンに、私の事をシルビアと呼ぶ事を森の主が許しましょう」
「えっと、あ、はい」
 森の主の突然の厳かな物言いにアシルの背筋が自然と伸びる。
 アシルは気付いていなかったが、これは契約だった。正式なものではないが確実に魔力を帯びたものだ。これにより森の主はアシルに、アシルは森の主に縛られ、森の主はアシルがそう呼ぶ限りシルビアとなった。そしてアシルも森の主がそう認める限り森の魔法使いとなる。
ただし『未来の』だ。森の主、シルビアに認められたのだから森のカを使う事が可能となったが、実際に使うとなると正しい知識とカの使い方を覚えなくてはいけない。ただしそれらは、パルマとアシル自身のやる気に任せるしかない。
「えっと、じゃあ、シルビア」
 アシルが初めてその名を彼女に対して使った時、
「エースッ」
 二人の進行方向から女性の声が響いた。
「ではアシル、私はここまでね」
 そう言ってシルビアはアシルから一歩距離を置く。
 背中をそっと押すと、アシルは一度シルビアを見て、躊躇いながら女性の下へと歩き出す。
「エース」
 もう一度名前を呼んで女性がアシルの下へと駆け寄り、力いっぱい抱きしめた。
「母さん……ごめんなさい」
 何かを言おうとしたけれど、母親の今にも泣き出しそうな顔を見るとそれしか言えなくなってしまった。
 実際に泣いていたのかもしれない。森の出口から覗く空を見ると、僅かに明りを残した空に星が瞬き始めていた。
 その空が何者かによって遮られたと思ったら、ゴツンという音と共に目の前に星が瞬いた。
「痛ってー……父さん」
 父が半歩引くとその後方には何人もの村人がアシルを心配そうに覗いていた。
「皆も、ごめんなさい」
 母親の腕から離れて頭を下げる。
「この森には入ってはならんとあれほど……」
 父親の後ろからもう一人、突くための杖を元気に振り上げながら歩いて来る老人は、しかしアシルの後方に人影を認めて立ち止まった。
「森の、魔女」
 村のまとめ役である老人の呟きにアシルの母親はアシルを背に庇うようにして立ち上がり、二人を守るように父親が前に出た。
 俄かに殺気立つ父を老人が制し、三人の前に歩み出る。
「禁を犯したことは深くお詫び致します、ですがアシルは、この子は幼いとまでは言わずともまだ子供です。どうか許してやっては貰えませんでしょうか」
「違うんだマルコ様、その人は」
 深々と頭を下げるマルコ老人に対しアシルは誤解を解こうと声を上げるが、その続きはシルビアによって制されてまった。
「森の封印は解かれました」
「では」
 勢いよく頭を上げたマルコの目には、封印が解かれた事を嬉ぶよりも封じられているはずの災いに対する恐れが浮んでいた。
「災いは過ぎ去りました。我々森の者はそれを告げるためその少年を森に招いたのです」
「何故、アシルなのです」
 マルコの疑問はアシルの両親の疑問を代弁したものだった。
「アシルはその優しい心でこの森を通ろうとしたからです」
「森を、通る?」
「はい。妹を思い、この森を抜ける事が街への近道であると考え、そして抜けようとした。ですから私はその思いに応えようと思いました」
 妹と聞き、大人達はすぐに昨年の出来事を思い出す。
 妹に掛かり切りであの時アシルがどこで何をしていたのか知らない両親だったが、アシルがどこからか貰って来た魔女の薬は妹マールの病を治してくれた。
「あの時の」
 そう呟き、アシルの両親はシルビアへその時の礼を述べる。
(やはりアシルのご両親ね)
 森の魔女だと思っている相手を前に、森の封印という大きな事情を聞かされてなお、この二人は昨年の礼を述べる、その心根が嬉しかった。
 その上で、アシルの父は何故と尋ねた。
「それがどうして森の封印を解く事に関わるのでしょう?」
「災いは、遥か昔に過ぎ去っていました。ですがその頃になると、森が人間を拒むようになったのです。その心を解いたのがアシルです。ですから森は、あなた方人間が森との調和を乱さない限り、人間を受け入れるでしょう」
 パルマから話しを聞いていたアシルだったが、それでも森の主から直接そう言われると、何故だかくすぐったい気分になってしまう。
「あなた方が望むのならば、後日森を案内致しましょう。この森は概ね安全ですが長年人が入らなかったため獣道のような道しか残っていませんし、少ないとはいえ危険な場所もありますので」
 それに対しての返答はマルコが行なった。
「分りました森の魔女、ですがその日取りをどうやって知ればいいのですか」
「都合のよろしい時をアシルに言付けて下さい。アシルが森へ入れば森が気付きます、そうすれば迷う事なく私の下へたどり着けるでしょうから」
 そうマルコに伝え、シルビアはアシルへ微笑んだ。
「分かりました、ではそのように致しましょう」
「それでは、私の小さな友人が再び私の下へ訪れる日を楽しみにしておりますわ」
 今度は周囲の大人達へ微笑みを向けると、優雅なお辞儀をしてみせた。
 それは魔女とは恐ろしい存在であるという大人達の思い込みを払拭するに足るものだった。
「それではね、アシル」
 最後にもう一度アシルへ向けて微笑むと、アシルも笑顔で手を振った。
 マルコが「それでは」と少々ぎこちない挨拶を済ませると、本当に森を出る事となった。
 初めにマルコ、その後にアシルの父が続き、最後にアシルの母がアシルを伴った。
 こうしてアシルの冒険が終わった。
 ほんの1日の事だったがとても長い1日だったように感じる。
 森の出囗に差し掛かった時、今後幾度も通うこととなる森をアシルは最後に振り返った。そこにはまだシルビアが立っていてアシルたちを見送っている。
 その姿が今や老婆ではなく、アシルに面差しの似た青年に変わっていた事を、そしてアシルがそう遠くない未来、南の森の魔法使いと呼ばれるようになる事など、この時のアシルにはまだ知る由もない事であった。

おしまい

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